出定後語 訓読文

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出定後語 巻之上

日東 富永仲基造自訳

出定後語 序

基、幼にして閒暇かんかなり。儒のふみを読むことをたり。もって少しく長ずるに及んで、また閒暇なり。ぶつの籍を読むことを獲たり。もって休しぬ。曰く、儒仏の道もまたかくのごとし。みな善をつるにあるのみと。しかるに、その、道の義を>細席に因縁するに至りては、則ち、 あに説なきことを得んや。即ち屬籍することなきことあたはざるなり。ここにおいてか、出定成りぬ。基、この説を持すること、かつ十年ばかり、もって人に語るに、人みな漠たり。たとひ、われ長ずること 數箇、もって頒󠄃白はんぱくの年に及ぶとも、天下儒仏の道、また儒仏の道のごとくんば、これ何の益かあらん。ああ、身の 側陋そくろうにしてめる。すでに、もって人に及ぼして徳することあたはず。またこれを限るに、 大故をもってして伝ふることなからんか。基や、いますでに三十もって長じぬ。また、もって、伝へざるべからざるなり。願ふ所は、即ちこれをその人通邑つうゆう大都に伝へ、及ぼしてもって、これを韓もしくは漢に伝へ、韓もしくは漢、及ぼしてもって、これを湖西に伝へ、もって、これを釈迦牟尼降神しゃかむにごうじんの地に伝へ、人をして、みな道においてることあらしめば、これ、死して朽ちざるなり。しかりといへども、何をもっていはゆる悪慧あくえにあらざるを知らん。これは則ち、かたし。これは則ち、かの 明者めいしゃ部索ぶさくして、これを楔󠄃フサぐを待つのみ。
延享元年秋八月           富永仲基識とみながなかもとしるす 

出定後語 巻之上

    目録

  1. 教起の前後 第一 
  2. 経説の異同 第ニ
  3. 如是我聞 第三
  4. 須弥諸天世界 第四
  5. 三藏・阿毘曇・修多羅・伽陀 第五
  6. 九部・十二部・方便乗 第六
  7. 涅槃・華厳のニ喩 第七
  8. 神通 第八
  9. 地位 第九
  10. 七仏・三祇 第十
  11. 言に三物あり 第十一
  12. 八識 第十ニ
  13. 四諦・十二因縁・六度 第十三

出定後語 巻之上

     日東 富永仲基造幷自訳

教起きょうきの前後 第一

いま、まづ教起の前後を考ふるに、けだし外道に始まる。その言を立つる者、およそ九十六種、みな天をむねとす。曰く「これをいんしゅすれば、すなわかみ、天に生ず」と。これのみ。

因果經いんがきょうに云く、「太子、いん雪山せっせんに入り、あまねく諸仙にふ。何の果を求めんと欲すと。仙人答え言ふ、天に生まれんと欲すがためと」。乃ちこれ。

衛世師えいせいし外道、仏の前に在ること八百年、これ最も久遠くおん。その最も後に出づる、阿羅羅あらら鬱羅鬱陀羅うつだらなり。けだし二十八天、非非想ひひそうをもって極となす。これ鬱陀の宗とする所、無所有むしょゆうてここに生まるとなせるなり。これもと阿羅の無所有をもって極となせるに上す。しかして無所有は則ちもと識處しきしょに上ず。識處は則ちもと空處くうしょに上す。空處は則ちもと色界に上す。空處・色界・欲界・六天、みなあひ加上かじょうしてもって説をなせり。その実則ち漠然、何ぞその信否を知らん。故に外道の所説、非非想ひひそうをもって極となす。釈迦文これに上せんと欲するも、また生天をもってこれに勝ちがたし。ここにおいて、上、宗七仏を宗として、生死の相を離れ、これに加ふるに大神変不可思議力をもって、示すにその絶えてなしがたきをもってす。乃ち外道服して竺民じくみん帰す、これ釈迦文の道のなれるなり。

釈迦文すでに没して、僧祇そうぎ結集けつじゅうあり。迦葉かしょう始めて三藏を集め、大衆だいしゅまた三藏を集め、分れて両部となって、のちまた分かれて十八部となれり。しかるにその言述ぶる所、をもって宗となす。事みな名数みょうすうにありて、全く方等微妙ほうどうみみょうの義なし。これいはゆる小乗なり。ここにおいて、文殊もんじゅの徒、般若はんにゃを作りてもってこれに上す。その述ぶる所、空をもって相となす。しかして事みな 方広ほうごうなり。これいはゆる大乗なり。

智度ちど金剛仙こんごうせん、二論に云く、「如来この鉄囲山てっちせん外にありて、文殊及十方の仏と共に、大乗法蔵を結集す」と。乃ちこれ。

この時、大小二乗、いまだ年数前後の説あらず。その大乗を張る者は、即ち曰く、「得道の夜より、涅槃ねはんの夜に至るまで、常に般若を説く」と。

智度論の文しかり。論また迦文初成道の事を説きて云く、「この時、世界主梵天王ぼんてんおう名は式弃しき<および色界の諸天等、釈提桓因しゃくだいかんいんおよび欲界の諸天等、みな仏の所にけいして、世尊に初転法輪しょてんほうりん勧請かんじょうす。またこれ菩薩の念じて、もと願ふ所、およ大慈大悲の故に、請を受けて法を説く。諸法甚深の者は、般若波羅密はんにゃはらみつこれなり。この故に、仏、魔訶般若波羅密経を説く」と。乃ちこれ。

その小乗を張る者は、即ち曰く、「転法輪経てんぽうりんきょうより大涅槃だいねはんに至るまで、集めて四阿含あごんを作る」と。

智度論に云く、「大迦葉だいかしょう阿難あなんに語る。転法輪経よる大涅槃に至るまで、集めて四阿含を作る。増一阿含ぞういちあごん・中阿含・長阿含じょうあごん相応そうおう阿含、これを修跖路しゅとろ法蔵と名づく」と。乃ちこれ。

これおのおのその終始を命じて、いまだ年数前後の説にあらざるなり。故にその仁王般若にんのうはんにゃの序に云ふ、「世尊、前にすでに四般若を説く。三十年正月仁王を説く」者も、またただ泛爾はんじとしてこれを言ふ。阿含の後、正当三十年と言ふにはあらざるなり。しかるに法界性論ほっかいしょうろんこれを説きて云く、「十二年阿含を説き、三十年大品を説き、八年法華を説く」と。これ法華四十年余年の文のために転ぜられてしか云ふ。その実は非なり。ここにおいて、法華氏の言輿こる。この言に云く、「成正覚じょうしょうがくよりこのかた四十余年を過ぐ。無数の方便、衆生を引導す。わが所説の諸経、法華最第一。ただし菩薩のためにして、小乗のためにせず、観諸法の実相を観ず。これを菩薩の行と名づく」と。無量義経もまた云く、「四十余年、いまだ真実を顕はさず、種々の説法は方便力をもってす」と。これ見つべし、そのこれを四十余年の後に託して、従前の諸家を愚法にし、またこれを実相に託して、従前の有空うくうを破るを。これ法華氏は、乃ち大乗中の別部、従前の二乗をあはせてこれをせきする者なり。しかるに後世の学者は、みなこれを知らず。いたずらに法華を宗として、もって世尊真実の説経中の最第一となせる者は誤る。年数前後の説は、実に法華にはじまる。并呑権実へいどんごんじつの説もまた、実に法華にはじまる。広大の方便力、古今の人士を熒惑えいわくするは、何ぞ限らん。ああたれかこれをへいする者ぞ。出定如来にあらざればあたはざるなり。

解深密経げじんみつきょうに云く、「初め小乗、なか空教、のち不空」と。また法華氏の党なり。また案ずるに、三藏の目、始めて迦葉に起これり。しかして法華の文に三藏学者あり。ここに知る、法華経後に出でたるを。また案ずるに、法華はけだし普現の徒作る。大論の遍吉の語、見るべし。

ここにおいて、華厳けごん氏の言興こる。乃ちこれを二七日の前、円満修多羅えんまんしゅたらを説くに託して、もって従前の小乗をせきし、またこれを日輪のまづ諸大山王を照らすに譬へて、もって従前の大乗を斥し、特に一家の経王を作れり。誠に加上する者のさきがけなり。後世あるいはまたこの方便を信じて、この経を最上至極、頓之頓と曰ふ者は、また誤る。

舎利弗しゃりほつ目連もくれんは、異時異処、ともに仏法に入れり。しかるにこの会、即ち舎利弗等五百の声聞しょうもんあり。祇洹林・普光法堂は、この時並びにいまだ建立せず。しかしてこの文、つぶさにこれを述べたり。これみな作者の方便逗漏とうろ処。また案ずるに、華厳に諸法実相・般若波羅蜜の語あり。ここに知る、この経もまた二経の後に出でたるを。

ここにおいて、大集だいじゅう泥洹ないおん兼部けんぶ氏の言興こる。乃ちその二経を作為して、もって大小二乗を合はせ、かつもってその重きを涅槃ねはんに帰せり。その十六年始めて大集を説くと云ふがごとき、これ暗に般若の前に託して、しかも二乗の中間に出づるなり。かつその律を説きて、かくのごとき五部、おのおの別異なりといへども、しかもみな諸仏法界および大涅槃を妨げずと云ふがごとき、これ五部津の異を合はするなり。しかるに五部律はみな、もと八十誦はちじゅうじゅ中より出づ。後世>五師、分れて五部となるも、仏の滅度を去ることいくばくぞ。ここに知る、この経、後に出でたるを。涅槃もまた同手の作なり。故に言語多くあひたぐいす。これ則ちこれを仏滅に託して、もってこの経の出でたる、年数の最後にあるを証し、またこれを譬ふるに醍醐をもってして、もってこの経に義、最も純粋なるを証し また毘尼びにならびに戒乗の緩急を挙げて、もって大小二乗のならびに遠ざけがたきを説く。後世、捃捨教くんじゅうきょうと名づくる者のごとき、これ兼部氏たるを知らざればなり。

按ずるに、法顕の伝に云く、「某の国は小乗の学、某の国は大乗の学、某の国は兼大小乗を兼ぬ」と。この兼と云ふは、乃ち兼部氏なり。また按ずるに、哀嘆品あいたんほんは新体の伊字をもって秘密の蔵に譬ふ。ここに知る涅槃もまた後に出でたるを。

ここにおいて、頓部氏とんぶの説興こる。そのかい経およそ二十。楞枷りょうがはその尤なるものなり。従前の諸経は、言みな煩重はんちょう、その趣>牛毛ぎゅうもうにして迂遠うえんなるをもって、故にさらに激切の語を立てて云く、「一切の煩悩は、本来おのづから離る。断および不断と説くべからず。一切の衆生は、みなこれ一切、畢竟不生ふしょうなり。諸名字みょうじを離るれば、即ち一切法は唯一真心しんじん、一念不生なり。即ちこれ仏、一地より一地に至らず、初地は乃ち八地」と。その言直切、また環回かんかいの説なし。、もって従前の因陀羅いんだらを破る。その窮まり離披りひして、菩提達磨ぼだいだるま氏となり、その東来して、楞枷りょうがをもって衆生の心を印す。また微とすべし。義によりて文字によらず。終始一字を説かず。実に禅家ぜんけ鼻祖びそたり。その窮まりて変幻奇怪、乃ち乾尿橛かんしつけをもって仏性ぶっしょうを語り、拭瘡疣しょくそうゆうして経巻をせきするに至る。これみないはゆる頓部氏なり。

ここにおいて、秘密曼荼羅金剛手氏ひみつまんだらこんごうしゅしの教へ興こる。

六度経に云く、「わが滅度の後、阿難陀をして所説の素 咀続蔵そたららんぞうを受持し、鄔波離うぱりをして所説の毘那耶蔵びなやぞうを受持し、迦多衍那かたえなをして所説の阿毘達磨蔵あびだつまぞうを受持し、曼殊師利菩薩まんじゅしりぼさつ、をして所説の大乗般若密多を受持せしむ。その金剛手菩薩こんごうしゅぼさつは、所説の甚深微妙の総持門そうじもんを受持す」と

その教へに云く、「世尊は一切智智を得て、無量の衆生のために広演分布し、種種の趣、種種の欲性、種種の方便道に随ひて、一切智智を宣説す。あるいは声聞乗道しょうもんじょうどう、あるひは縁覚乗道えんがくどうじょう、あるいは大乗道、あるいは五通智道、あるいは天に生まれ、あるいは人中および竜・夜叉・乾闥󠄂婆けんばだったに生まれんと願ひ、ないし魔雎羅伽まごらかに生まるる法を説く。おのおのかの言音に同じく、種種の威儀に住す。しかしてこの一切智智道は一味なり」と。また云く、「契経かいきょうは乳のごとく、調伏じょうぶくらくのごとく、対法は生蘇しょうそのごとく、般若は熟蘇じゅくそのごとく、総持門は醍醐のごとし」と。これ見るべし、この教へは諸家を摂するに一切智智をもってし、乃ちこれをそのいはゆる曼荼羅まんだらに合するを。つひにもって重きをそのいはゆる毘慮遮那阿字門びるしゃなあじもんに帰する者なり。おもふに、この経王は最後に出づ。不空師の云く、「経夾きょうきょう、鉄塔に蔵すること数百年、竜猛りゅうみょう始めて獲たり」と。しかるに竜猛の所説、一言のこれに及ぶものなし。ただ秘密の号、竜猛に出づ。故に後世崇奉のきわみ、けだしよりてもってしかりとするなり。これ諸教興起の分かるるはみな、もとそのあひ加上するに出づ。そのあひ加上するにあらずんば、則ち道法何ぞ張らん。乃ち古今道法の自然なり。しかるに後世の学者、みないたづらにおもへらく、諸教はみな金口親しく説く所、多聞親しく伝えふる所と。たえて知らず、その中にかえって許多あまたの開合あることを。また惜しからずや。

経説の異同 第二

大論に云く、仏滅百年、阿輸迦王あしゅかおう般闍于瑟大会はんじゃうしつだいえを作す。諸大法師の論議異なり。故に別部の名字あり」と。また云く、「仏法五百歳の後を過ぎて、おのおの分別し、五百部あり」と。また婆娑ばしゃの序説に云く、「如来滅後四百年の初め、<古論には六百年に作る>、北印度の境なる、健駄羅けんだら国王、常に仏経を習ふ。日に一僧を請じて、室に入れ法を説かしむ。僧説同じきことなし。王もって深く疑ひ、脇尊者きょうそんじゃに問ふ。尊者答えて曰く、「如来世を去りて、歳月逾邈ゆみょう、弟子部執ぶしゅうし、聞見によって矛盾をなす」と。よりて問うて曰く、「諸部の立範りっぱん、いづれか最も善か」と。答へて曰く、「有宗に超したるはなし」と。王の曰く、「この部の三藏、いままさに結集すべし。すべからく有徳を召して、ともにこれを詳議すべし」と。ここにおいて、an>世友等しよう五百人、三藏を釈す。およそ三十万頌、即ち大毘婆沙だいびばしゃこれなり」と。大論にまた云く、「問ふ。経に五道ありと説く。いかんぞ六道と言ふ。答ふ。仏去りて久遠くおん、経法流伝るでんし、五百年の後、多く別異あり。部部同じからず、あるいは五道と言ひ、あるいは六道と言ふ。もし五と説く者は、経文において文を廻して五と説き、もし六と説く者は、仏経において文を廻して六と説く。また魔訶衍まかえんの中、法華経に六趣の衆生ありと説く。もろもろの義意を観るに、有六道あるべし」と。法顕の伝に云く、法顕もと律を求めて、しかも北天竺の諸国、みな師師口伝し、本の写すべきものなし、ここをもって遠歩し、乃ち中天竺に至る。ここにおいて一部の律を得たり。これ魔訶僧祇衆まかそうぎしゅうりつなり。また一部の抄律を得、七千なるべし。これ薩婆多衆律さっぱたしゅうりつなり。またみな師師口あひ伝授して、これを文字に書せず」と。また伝ふ、「法顕その時この経を写さんと欲す。その人の云く、これ経本なし。ただ口誦するのみ」と。

いまこの六者をもってこれを推すに、ここに知る、仏滅よりして久遠、人に定説なく、また依憑えひょうすべきのふみなく、みな意に随ひて改易し、口あひ伝授し、むべなるかな、一切の経説、みなその異にたへず、またその信従すべからずことかくのごときなり、禅家の言に曰く、不立文字ふりゅうもんじと。意、あにここにあるか。また婆沙ばしゃを閲するに、その解義げぎに必ず数説を挙げ云く、其の故に、またその故にと、畢竟ひっきょう、これ定説なければなり、また迦葉波かしょうばの三藏を集むることを、大論にはみな誦出ずしゅつと云ふ。また知る、これただ口誦くじゅに託するを。

金剛般若こんごうはんにゃに云く、「一切諸仏および諸仏法は、みなこの経より出ず」と。無量義に云く、「われこの経を説くこと、甚深じんじん甚深じんじん。令衆をして無上菩薩をなさしむるが故」と。金光明こんこうみょうに云く、「十方の諸仏、常にこの経を念ず」と。大品だいぼんに云く、「一切の善法、助道法、もしくは三乗法、もしくは仏法、これ一切法。みな般若波羅密はんにゃはらみつの中に摂入しょうにゅうす」と。また云く、「声聞乗しょうもんじょう学ばんと欲する者は、般若を学ぶべし。縁覚乗えんがくじょうを学ばんと欲する者は、般若を学ぶべし菩薩乗ぼさつじょうを学ばんと欲する者は、般若を学ぶべし」と。華厳に云く、「一切世間もっろもろの群生ぐんしょう、声聞道を求めんと欲するあることすくなし、縁覚を求むる者、うたたまた少し。趣大乗だいじょう趣く者、甚だ遇ひがたし。大乗に趣く者は、なほ易しとなす。よくこの法を信ずるは、甚だ難しとなす」法華に云く、「わが所説の諸経は、法華最第一」と。法鼓ほうくに云く、「一切の空経は、これ有余うよの説、ただこの経あり。これ無上の説」と。およそかくのごときの類、何ぞ限らん。みな各部みづから張る者の説なり。

またその勝鬢しょうまんに、「魔訶衍まかえん、二乗の法を出生するは、阿耨池あのくち出八大河はちだいがを出だすがごとし」と云ひ、、および文殊問もんじゅもんに、「十八およびもとの二、みな大乗より出づ」と云ふがごときは、則ちこれ大乗、小乗をもって所目となせる者。またその法華に、「四十余年、いまだ真実を顕わさず」と云ふがごときは,則ちこれ大乗、小乗をもって仮権けごんとなせる者なり。またその華厳に、「仏、成道第二七日に、円満修多羅えんまんしゅたらを説く」と云ふがごときは、 則ちこれ大乗、小乗をもって後説となせる者、その実はみな大乗、小乗を誘ふの説なり。後世の学者はこれを知らず、云云うんぬんする所ある者は誤まる。余かって云く、「大小部乗、おのおの経説を作りて、皆上、これを迦文に証す。また方便のみ」

むかし、秦緩しんかん死す。その長子はその術を得て、医の名、秦緩に斉し。その二三子の者は、その忌にたへず。ここにおいて、おのおの新奇をなし、これを父に託して、もってその兄に勝らんことを求む。その兄を愛せざるにあらざるなり。おもへらく、もって兄に異なることあらざれば、則ちもってもって父に同じきこと得ずと。天下いまだもって決することあらざるなり。他日、その東隣の父、緩がちん中の書を得て、出してもって証す。しかしてのち、長子の術、始めて天下に窮まる。このこと、寒檠膚見かんけいふけん、これ則ち、これに似たり。

如是我聞にょぜがもん 第三

如是我聞、とは何ぞ。後世の説者、みづから我とするなり。もんとは何ぞ、後世の説者、伝聞するなり。如是にょぜとは何ぞ。後世の説者、伝聞かくのごときなりと。契経かいきょうにあるいは云く、「阿難座に登りて我聞と称す。大衆悲号す」(処胎経しょたいきょう)と。非なり。「阿難は親しく如来に受く。我聞一時がもんいちじ云ふべからず。あるいはこれを解して云く、「阿難は得道の夜生まる。仏に侍する二十余年、いまだ仏に侍せざる時、これ聞かざるべし」と。また非なり。しからば則ちすでに聞くののち、何をもってまた聞くと言うや。これ不通の説なり。 報恩経ほうおんきょうに云く、「阿難四願をなす、いまだ聞かざる所の経、願はくは仏重ねて説け」と。また云く、「仏、口、ひそかにために説く」と。また云く、「阿難聞かざる所の経を、諸比丘の辺に従ひて聞き、あるいは諸天ありて阿難に向かひて説く」と。処胎経しょたいぎょうは則ち云く、「仏、金棺こんかんより金臂こんぴを出だして、重ねてために説く」と。、金剛華経こんごうげきょうは則ち云く、「阿難、法性覚自在王三昧ほっしょうがくじざいおうざんまいを得たり。故に、如来が前に説く所の経は、もな憶持おくじし、親聞しんもんと異なるなし」と。涅槃経ねはんぎょうは則ち云く、「われ涅槃の後、阿難いまだ聞かざる所の者を、弘広菩薩ぐこうぼさつは広く流布すべし」と。ああ、何ぞ解の不一なる。長と説き短と説き、要するにまたこの失を保護するに過ぎず。笑ふべし。経説、多くは仏後五百歳の人の作れる所、故に、経説に五百歳の語多し。大論また云く、「五百歳後、おのおの分別して五百部あり」とはこれなり。

その仏経の初首に何らの語をなすと云う者は、これ当時の俗説にして、もと大論に出づ。涅槃は則ち特にこれをるのみ。涅槃の出でたるは、実に大論後る。大論は一言も涅槃に及ばず。故にこれを知る。後世の学者はこれを知らず。みないたづらにおもへらく、数万の経説は、みな阿難の集むる所なり。ああ、またまた何ぞ愚かなるや。大論に云く、「間ひて曰く、もし仏、阿難に嘱累ぞくるいせば、これ般若波羅密はんにゃはらみつを、仏の槃涅槃はつねはんののち、阿難、大迦葉とともに三藏を結集す。この中に何をもって説かざると。答へて曰く、魔訶衍まかえん甚深じんじん、難信難ぎょう、仏在世の時すら、もろもろの比丘ありて、魔訶衍を聞くに、不信不解ふげ、故に座よりしてつ。何ぞいはんや仏涅槃ののちをや。ここをもっての故に説かず」と。また云く、「人ありて言ふ、魔訶迦葉まかかしょうのごとき、諸比丘と耆闍崛山ぎしゃくせん中にありて、三藏を集む。仏滅度ののち、文殊尸利もんじゅしり弥勒みろくの諸大菩薩もまた、阿難とこの魔訶衍を集む」と。また「阿難は衆生の志業の大小の籌量ちょうりょうするを知る。この故に声聞人中において魔訶衍を説かず。説けば則ち錯乱さくらんして弁をなす所なし」と。

これを見るべし、当時すでにこの疑ひあるを。それ、魔訶衍の法は、当時の諸賢聖、親しく仏説を聞くも、なほかつ信解しんげすることあたはず。後世かへって伝ふることあるは、これ乃ち疑ふべし。かつこれをもってこれを言ふに、阿難は則ち面柔めんじゅうの人のみ。おのれ独り至道を知り、これを声聞人中に説かず。乃ち忍黙面諛にんもくめんゆして、もってこれを讃す。これ何をもって仏子となさん。これみな不通の説、分明に飾辞しょくじして、これを解く者なり。その実阿難集むる所は、則ちわづかに阿含の数章のみ。説は下に見ゆ。その他は則ちみな後徒の託する所、ただに阿難に出でざるのみにあらざるなり。故にまた、あるいはこれを解きて云く、「後時、文殊もんじゅは諸菩薩大阿羅漢だいあらかんを召して大乗法蔵を結集するに、おのおの言ふ、某の経はわれ仏より聞けりと。須菩提しゅぼだい言ふ。金剛般若こんごうはんにゃはわれ仏より聞けりと。故に知る、阿難に局せざるを」と。これややこれを得たり。しかるに経説はみな後徒の託する所、何ぞその諸菩薩大阿羅漢のなせるにあらんや。またこれを失せり。また、処胎経しょたいきょうに云ふがごとき、「阿難最初の出経は、第一胎化蔵たいけぞう・第二中陰蔵ちゅういんぞう・第三魔訶衍方等蔵まかえんほうどうぞう、第四戒律蔵かいりつぞう、第五従十住菩薩蔵じゅうじゅうぼさつぞうかいりつぞう・第六雑蔵ぞうぞう・第七金剛蔵こんごうぞう・第八仏蔵ぶつぞう、これを経法具足となす」と。これは則ち大小二乗一時に出だす所となす。また如是我聞の極みなり。

須弥諸天世界しゅみしょてんせかい 第四

須弥楼山しゅみろうせんの説は、みな古来梵志ぼんじの伝ふる所なり。迦文かもん、特によりてもってその道を説くは、その実、渾天こんてんの説をとなせるなり。しかるに後世の学者、いたづらにこれを張りてもって他を排するは、仏意を失せり。何となれば則ち、迦文の意はもとここにあらず。民を救ふの急なる、何の暇あってその忽微こっぴを議せん。これいはゆる方便なり。しかるに儒氏もまたこれを知らずして曰く、「釈迦、須弥を作りて、その説合わず」と。ああ、迦文はあに儒固じゅこのごとくしからんや。仲尼ちゅうじ春秋しゅんじゅうを作るや、、また日食のつねたるを知らず。これ何をもってこれを解かん。それ日月の推歩は、天官星翁のつかさどる所、そのこれを知らざるに害なし。かへってこれを是非する者は、みな小知の人なり。近世またこれをよこしまに取りて、もって渾天の説に合わす者あり。そのろうますます甚だし。笑ふべきのみ。その諸経論の所説に異同ある者は、みな異部の名字にして、おのおの一家の言を立つる者のみ。

その地の深さを説くがごとき、増含ぞうごんは六十八千由旬ゆじゅんとなし、俱舎くしゃは八十万千由旬となし、起世きせは六十万由旬となし、菩薩蔵ぼさつぞうには六十八百千由旬となし、楼炭ろうたんは八十憶由旬となし、光明こうみょうは十六万八由旬となす。これ何ぞその定説なき。またその須弥山半しゅみせんばんを説くがごとき、長含ちょうごん因本いんぽん大論だいろんは四万二千由旬となし、対法たいほう俱舎くしゃは四万由旬となす。また、何ぞ、その定説なき。また、その四洲の寿を説くがごとき、長含・楼炭・俱舎、おのおの不同なり。須弥しゅみ四宝しほうももまた不同なり。また、その修羅宮しゅらぐうを説くがごとき、起世は須弥の東となし、十地は須弥の北となす。またその地獄を説くがごとき、婆沙ばしゃ有説うせつ有説、また一定なく、あるいは云く、「八熱はちねつ八寒はちかんおのおの所属あり」と。大論は則ち云く、「八寒はこれ八熱の眷属けんぞく」と。所処名号、諸経論にまた一定なし。要するにみな異部の異言、必ずしも牽合けんごうせざるも可なり。

また、その世界建立を説くがごとき、俱舎は水論前にあり、楞巌りょうごんは金論こんりん前にあり。また五輪の次序、空・風・水・金・地を、増含は地・水・火・風・金となし、また光音天こうおんでんを、長含は命尽きこの間に来生らいしょうすとなし、増上ぞうじょうあひ謂ひて言ふ、閻浮地えんぶちに至りて地形を観んと欲すとなす。余経には、歿して大梵処だいぼんしょに生まれ、漸漸下生ぜんぜんげしょうして人趣にんしゅに至るとなせり。またその三災を説くがごとき、長含・起世は刀兵とうひょう飢饉ききん・疫病えきびょう、俱舎・婆沙は、刀兵・疫病・飢饉、瑜伽ゆが対法たいほうは、飢饉・疫病・刀兵と、次序おのおの不同なり。要するに、みな異部の名字にして、その和会しがたきに論なし。

また、その天を説くがごとき、薩婆多さっぱたは十六、経部師きょうぶしは十七、上座部じょうざぶたは十八、婆沙は日月にちがつ星宿しょうしゅく常憍じょうきょう持鬘じまん堅首けんしゅ四天してん、合わせて三十二種となす。 涅槃に四種あり。しかして大論に三種あり。またその四天王の宮城を説くがごとき、楼炭・俱舎・大論、おのおの不同なり。またその三梵さんぼんを説くがごとき、因本・対法・婆沙は、あひ去ること倍高、みな住地あり。俱舎・薩婆多は、合して一処となす。また仁王にんのうに十八梵ありて、瓔珞にはまた禅禅に梵王あり。他経一梵王あるに同じからず。またその大論に魔王をもって欲界の主となし、梵王を三界の主となして、また魔醯首羅まけいしゅらをもって三界の主となす。また、大千の主を論じて、初禅梵王しょぜんぼんのうとなし、華厳けごんは則ち魔醯首羅となせるがごとき。また、その魔醯首羅を説きて第六天となし、あるいは色究竟となせるがごとき。また、そのあるいは梵天・那羅延天ならえんてん・魔醯首羅を一体三分となせるがごとき。またその楞巌、八十華厳には、先は善見、後は善現にして、しかも俱舎・正理・六十華厳には、これに反するがごとき。

また、その無色界むしきかいの身処を論ずるがごとき、婆沙・俱舎・瑜伽ゆが経部きょうぶ成実じょうじつは無となし、起世・増含・華厳・仁王・化他けじ大衆だいしゅは有となせり。また、その人非人を説くがごとき、金光明こんきょうみょうは八部を結すとなせり。また、その阿修羅を説くがごとき、仏地論は天となし、対法は鬼となし、正法念経しょうぼうねんきょうは鬼畜二趣となし、伽陀経かだきょうは三趣しょうとなせり。また、その婆沙に、「有余部うよぶ、阿素洛あすらを立てて六趣となすは、非なり。契経はこれ五趣と説くが故に」と云ひ、大論に、「問ふ、経に五道ありと説く。いかんぞ六道と云ふ。答ふ、仏去ること久遠くおん、経法多く別異あり。ただ法華経に、六趣ありと説く。義意しかるべし」と云うがごとき、要するにまたみな異部の命ずる所、もとより一音いっとんの演出する所にあらざるなり。

独り明代の志磐しばん師、これを解くに三意をもってして云く、「一は、仏、機に赴きて説く所不同なり。二は、結集部別不同なり、三は、伝訳前後不同なり」と。ああ、これ何ぞ妄の甚だしきや。もし、仏、機に赴きてこれを説くとなさば、これ乃ち妄語、また何ぞ人に示すに毘尼びにをもってせん。またもって結集部別不同なりとなさば、これ何ぞ、それ仏の所説たるにあらんや。経説もまた、何ぞ信を取るに足らん。何ぞその濫なるや。またもって伝訳前後不同とせんか。これ訳師もなた信じ難しとなせるなり。それ涅槃ねはん滅度めつどたる、あるいは円寂えんじゃくたる、これは則ち訳師の知解ちげにありて、その不同あるや論なし。もしその名物みょうもつ度数どす、前後不同をもってこれを解せば、これ何ぞ漠然たる。これ何ぞもって説とするに足らん。要するに、みなこれを知らずしてしか云ふ。その実はしからず。

釈迦譜しゃかふもまた云ふ、「経、華戎かじゅう に変じ、訳人やくにん斟酌しんしゃく出経しゅっきょうの人、おのおの所受あるが故に、住住不同なるのみ。それ史漢の延書、なほ分糅ぶんじゅうあひ反す。いはんや万理の外、千歳の表をや。むかしに明なる者、もとより善をえらんで従ふべし」と。ああ、何ぞ妄なるや。もし善を択んで従ふとなさば、これ己自ら高くして、もって経典を出だす者なり。また何ぞもって経典とするに足らん。要するに、また首鼠しゅその説、その不同あるにきんして、しか云ふ。これ実に古今の一大疑城にして、出定経典しゅつじょうきょうてん出でて、しかるのち始めて瞭然たり。

世界の説はおよそ五、一に須弥世界は、これ梵志ぼんじの初説、けだしその本なり。そのいはゆる小千世界、中千世界、三千大千世界、また三千世界の外、別に十世界ある者は、これみな以後加上かじょうする者なり。梵網ぼんもうにいはゆる蓮華蔵世界れんげぞうせかいは、また一層加上の説、その広大は則ち華厳けごんの世界海に至りて極まる。世界の説、その実は漠然として、もって心理を語るに過ぎず。また何ぞ然否ぜんぴを知らん。故に曰く、世界は心に随ひて起こると、これなり。

三藏さんぞう阿毘曇あびどん修多羅しゅたら伽陀かだ 第五

三藏は小乗の名、迦葉かしょうに出づ。大論に云く、「仏在世の時、三藏の名なし。大迦葉ら、三藏を集む」と。また云く、「三藏はこれ声聞法しょうもんぼう魔訶衍まかえんはこれ大乗法」と。法華経に云く、「小乗三藏に貧着とんじゃくする学者」と。これなり。これ竜樹りゅうじゅの時、三藏の名、小乗に属す。天台四教てんだいしきょう、よりてもって蔵を立つる者は、これを得たり。澄観ちょうかん師云く、「大乗もまた三藏あり」と。これおのづから自後世の義、言に物あるなり。また普超経ふちょうきょう入大乗論にゅうだいじょうろんに、三乗を謂ひて三藏となせる者は、乃ち別義にして、この謂ひにあらず。按ずるに、増一ぞういち序品じょほんに云く、「契経は一蔵、律は二蔵、阿毘曇経あびどんきょうを三藏となす」と。出曜経しゅつようきょうに云く、「仏、鹿苑ろくおんにありて、五比丘に告ぐ、この苦の本原は、いまだ見ずいまだ聞かざる所広くこの法を説くを契経蔵となす。仏、羅閲城らえつじょうにある時、迦蘭陀からんだの子須陳那しゅじんな、出家して学道し、最初に律を犯す。故に戒蔵を説く。仏、毘舎離びしゃりにありて、跋耆子ばっじし本末の因縁を見る、諸比丘に告ぐ。もろもろの五畏恚恨ごいいこんの心なき者は、便すなわ悪趣あくしゅに堕せず、またまた生まれて地獄の中に入らず。広く説くこと阿毘曇あびどんのごとし」と。大論もまた云く、「阿難説く、仏、波羅奈はらなにありて、五比丘のために、四真諦法ししんだいほうを説く。これを修妬路蔵しゅとろぞうと名づく。憂波利うぱり説く、仏、毘舎離びしゃりにありて、須隣那しゅりんな、初めて淫欲いんよくをなす。この因縁をもって、初めて大罪を結ぶこと、かくのごとき等、八十部、毘尼蔵にびぞうを作る。、阿難説く、仏、舎婆提城しゃばだいじょうにありて、告諸比丘に告ぐ。五・五罪・五おん、不除不滅なれば、この生身は心苦を受け、後世、悪道の中に堕つ。かくのごときを名づけて阿毘曇となす」と。

いま、この文をもってこれを推すに、三藏の義、知るべし、三藏は、けだし本の一書の名、みな類の近きに取りて、これをもって賛す。その初め、迦葉等の誦出ずしゅつする所は、わづかに一、二、三章、おのおの命づるに類をもってして、かりにこれを別かつ。後世の四阿含・五部律・種種の昆曇びどんの類分ありて捴命するに、この名をもってする者のたぐいのごときにはあらず。その四阿含・五部律・種種の昆曇ある者は、みな後世そうぎゃ僧迦の増多せるなり。故に婆沙ばしゃに云く、「修多羅の中、多く心法を説く。昆尼びにの中、多く戒法を説く。阿毘曇の中、多く慧法を説く、しかして、あるいはまた互に兼ぬ。ただし多分に従ふが故に、これを名づく」と。ここに知る。三蔵はもとただ一書の名。おのおのその誦する所に命じて、もってこれを別かつを。その実、義もまた互に兼ぬ。後世に独り経なきを難ずる者は、これを知らざればなり。婆沙に云く、「問ふ、たれかこの論を造る。答ふ、仏世尊と。問ふ、もししからば、この論何の故に迦多衍尼子かたえにし造ると伝言すと。答ふ、かの尊者、受持演説し、広く流布せしめるによる。この故に、この論の名称、かれに帰す。しかるに、これ仏説」と。これ、これを得たり。その実は、もとただ跋耆ばっじのためにする者に命じて、しかしてのち尼子にし等に、広益こうやくしてこれを説く。もしその後出をもってこれを疑はば、経律といへども、またみな後出なり。

大論に云く、「三種の法門、一には、蜫勤門こんろくもん、二には阿毘曇門あびどんもん、三には空門くうもん蜫勤こんろくは三百二十万言あり。仏在世の時、大迦旃延だいかせんねんの造る所、阿毘曇は仏みづから諸法の義を説く。あるいは仏みづから法名を説く」と。また云く、「仏のごとき、ただちに世間第一の法を説いて、不説相義そうぎを説かず、一一、相義を分別する、これを阿毘曇門と名づく」と。いまこの文をもってこれを推すに、阿毘曇は、けだし相義を解釈げしゃくするの名、その訳するに対法たいほうをもってするは、またその法に対して、これを分別するをもってなり。その慧法えほうをもってする者も、また相義を分別するは、これ慧法なればなり。瑜迦論ゆがろんもまた云く、「諸法の性相しょうそうを問答決択す。故に阿毘曇を名づく」と。これ、これを得たり。故に仏説といへども、その相義を分別する者は、もとよりこれ阿毘曇なり。独り契経に慨するにあらず。故に楞厳りょうごんに云く、「 この阿毘達磨あびだつまは、十方の薄伽梵ばがぼん、一路涅槃門」と。これ見つべきなり。また十二文教じゅうにぶんきょういはゆる優波提舎うばだいしゃもまたその義を同じうす。大論に云く、「仏所説の論議経ろんぎきょう、および魔訶迦旃延まかかせんねんの解する所の修多羅、乃至像法の凡夫の人が、如法に説くも、また優波提舎と名づく」と。ここに知る、またその義を同じうするを。後世、訳すに論議をもってし、独り契経をもって仏に属する者は、こpれを儒家経伝じゅかけいでんの義に比するも、その実は、いまだ得たりとなさず。

修多羅の義は、これを線に取る。線は、これをよく貫穿かんせんするに取る。何ぞや。けだし経説の本体は伽陀かだにあり。故に、経説を数ふるに幾をもってし、涅槃もまた云く、「修多羅及び緒戒律を除きて、その余の有説四句の偈を、これを伽陀と名づく」と。修多羅の線たる、これ、これをもって貫穿し、衆偈の次第、みなよるに取る。仏地論に貫摂かんしょうを義となし、雑集論ぞうじゅうろん綴茸ていじゅうと云ふは、みなこれを得たり。これ、修多羅の線たればなり。その訳するに契経をもってする者は、またこれを儒家の書に比す。義意大いに別なり。修多羅には総あり別あり。十二分教中の修多羅は、これ伽陀等と対す。別なり。一切経蔵に修多羅と称する者は、総なり、何ぞや。

伽陀はただ誦読にこれ便にして、而文理属する所、かへって修多羅にあればなり。しからば則ち契経の本体、伽陀にある者は何ぞや。これ乃ち、支那の教学は、必ずこれを操縵󠄄そうまんに託し、詩・書・えき管仲かんちゅう老聃ろうたんの書は、みな言を韻語に託す。本朝の神代の古語、および祝詞のりともまた、みな誦読にこれ便する者。三国ともにそのむねを一にす。何ぞや。口口あひ伝へて、説誦せつじゅの際、もとよりしからざることあたはず。kぁつ、神祇じんぎもまた楽しむ所なればなり。仁王般若にんのうはんにゃに云く、「普明王ふみょうおう、七仏の教法によりて、百法師を請じ、百高座を設け、一日二日、般若八千憶偈を講設す」と。これ、見つべし。ここに知る。契経の本体は、実に伽陀にありて、ただこれを誦読しょうどくの便に取るを。

長水師じょうすいし、これを解きて云く、「経、多くじゅを立つるは、ほぼ八義あり。一、少字、多義を摂するが故に、二、讃嘆の者、多く偈頌げじゅをもってするが故に。三、鈍根どんこんのために重説じゅうせつするが故に、四、後来の徒のための故に。五、意楽いぎょうに随ふが故に。六、受持し易きが故に。七、前説を増明するが故に。八、長行いまだ説かざるが故に」と。これただし第五・六の義は。これを得たり。その余はみな口弁なり。桉ずるに、付法蔵経ふほうぞうきょうに云く、「馬鳴めみょう、於果華氏国けしこくにおいて遊行教化ゆぎょうきょうげす。妙妓楽みょうぎがくを作りて、頼吒和羅らいたわらと名づく。その音、清雅、苦空無我くくうむがを宣説す。時にこの城中五百の王子、同時に開梧す。家を出でて道をなせり」と。増一ぞういち賢愚経けんぐきょうに云く、迦葉仏かしょうぶつの時、均提出家きんだいしゅっけ、少年声好く、讃唄,さんばいを善巧にす。人、楽聴らくちょうする所」と。毘尼母経びにもきょうに云く、「高声に作歌音誦経をなすをゆるさず。五の過患かかんあり。外道げどうの歌音説法に同じ」と。ここに知る、当時の経説は全く歌音に託するを。ただに誦読にこれを便するならず。

九部・十二部・方等乗ほうどうじょう 第六

九部・十二部は、これともに一切経蔵を指すの辞。後世、あるいは就きて大小乗を分かつ者は、誤る。何をもって、これを知るか。涅槃ねはんに云く、<聖行品しょうぎょうほん>、「仏より十二部を出だす」と。これ、仏より一切経蔵を出だすを言ふ。故に、下文にこれを揀異かんいして云く、「方等を出だす」と。また、四相品しそうほんの、九部をもって方等大乗に対するごときも、またしかり。法華もまた云く(方便品ほうべんぼん)、「われ、この九部の法を、衆生しゅじょうに随順して説く。大乗に入るを本となす」と。これともに一切経蔵を指して、いまだ大小を揀異せざるの辞、見つべきなり。故に、大論に、大小乗ともに九部の説あり。またもって発するに足れり。また涅槃に、「小乗は方広部なし」と云う者は、これ小乗独り方等なきを云ふも、その実、小乗をへんするの言。小乗といへども、また随分方広あり。後世、 小乗もまた十二部あるの説は、これを得たり。これ、方広は則ち、独りこれを大乗に属して、しか云ふ。

涅槃に、また云く、「十一部の経は、二乗の持する所。方等部を菩薩の持する所となす」と。摩得勤伽論まとろがろんも、また云く、「ただ、方広部はこれ菩薩蔵。十一部はこれ声聞蔵」と。また同じ。

方等は、乃ち方広。その義別なし。ただ十二部中に就ひて十二部中、大乗を揀異して、これを命ず。別にその経なし。涅槃に云く(聖行品)、「仏より出十二部経を出だし、十二部経より修多羅を出だし、修多羅より方等経を出だす」と。また云く(四相品)、半字とは、九部経を謂ふ。毘伽羅論びからんろんとは、方広大乗経を謂ふ」と。大論に云く、「法華経諸余の方等経は、何をもって喜王菩薩きおうぼさつに属累するや」と。普賢経ふけんきょうに云く、「この方等経は、これ諸仏の眼」と。また方等大乗経典の語あり。また、涅槃に、大方等・大涅槃の語あり。みな大を讃するの辞。別にその経あるにあらず。またその華厳けごん・円覚えんがく勝鬘しょうまん獅子吼ししく、みな命ずるに方広をもってするがごとき。また、大論に方広道人ほうこうどうにんあるも、みな大を讃するの辞。その義別なし。後世の学者、あるいはこれを知らず。これをもって理方等りほうどうとなし、別に時方等じほうどうを立つる者は、誤る。声聞法はこれ二乗小乗。菩薩法はこれ大乗、大乗菩薩乗の上に、別に仏乗一乗の説あり。また一部の立言なり。大乗同性経だいじょうどうしょうきょうに云く、「所有しょうの声聞法・辟支仏法びゃくしぶつぽう・菩薩法、諸仏法しょぶつほう、かくのごとき一切の諸法は、みなことごとく毘盧遮那智蔵大海びるしゃなちぞうだいかいに流入す」と。智藏大海、乃ち仏第十地の名。これ別に仏乗あるなり。楞伽経りょうがきょうに云く、「乗の建立こんりゅうあることなし。われ説きて一乗となす。衆生しゅじょう引導いんどうするが故に、分別して諸乗を説く」と。梁訳摂論釈りょうやくしょうろんしゃくに云く、「如来、正法しょうぼう成立じょうりゅうするに三種あり。一は小乗、二は大乗、三は一乗。第三最も勝る。故に善成立ぜんじょうりゅうと名づく」と。これ別に一乗あるなり。一乗の上、また無乗あり。楞伽経りょうがきょうに云く、「諸天および梵乗・声聞・縁覚乗・諸仏如来乗。われ、この諸乗を説くも、乃至心の転ずるあれば、諸乗は究竟くきょうにあらず。もしかの心滅尽めつじんすれば、乗および乗者なし」と。これ別に無乗あるなり。これ、みな一層加上する者の説なり。また按ずるに、唐訳摂論釈とうやくしょうろんしゃくに云く、「菩薩乗は即ち仏乗、さらに上あることなし」と。これ、また一部の異言、上と同じからず。また按ずるに、法華経に云く(方便品ほうべんぼん)、「ただ一乗の法のみありて、二もなく、また三もなし」と。また云く、「ただ一乗道をもって、他の諸菩薩に教ふ」と。また云く、「この諸仏子のために、この大乗経を説く。声聞もしくは菩薩、みな成仏疑ひなし」と。これ菩薩乗・仏乗一乗に別あることなきなり。また按ずるに、涅槃経に云く、「一切衆生は同じく仏性ぶっしょうあり。みな同一乗」と。これ兼家一乗けんげいちじょうの説なり。

涅槃ねはん華厳けごん二喩にゆ 第七

涅槃経聖行品ねはんぎょうしょうぎょうほんに曰く、「譬へば牛よりを出だし、乳よりを出だし、酪より生酥しょうそを出だし、生酥より熟酥じゅくそを出だし、熟酥より醍醐だいごを出だすがごとし。醍醐は最も上なり。仏もまたかくのごとし。仏より十二部経を出だし、十二部経より修多羅しゅたらを出だし、修多羅より方等経を出だし、方等経より般若波羅蜜はんにゃはらみつを出だし、般若波羅蜜より大涅槃を出だすこと、なほ醍醐のごとし」と。これを仏性に譬ふ。このたとへは、もと無垢蔵王むくざおうが涅槃の教への最も勝れたるを嘆ずるによって、仏乃ち印可いんかし、これを喩ふるに五味をもってして、もって、その最もこまやかなるを示すなり。十二部経は乃ち一切経典。修多羅は乃ちいはゆる別部、大小いまだ揀異かんいせざる者。方等経は乃ち大乗経典、修多羅中に就きてこれを揀異する者。般若波羅蜜は乃ち方等中の粋なる者。また智慧を兼ぬ。大般若は乃ち大円寂だいえんじゃく、また為般若の粋なり。みなその中に就きてその粋を揀異する者。これ乃ち、その本義なり。しかるに後世の学者、みな誤解して云く、「十二部はこれ華厳、修多羅はこれ阿含あごん、方等はこれ維摩ゆいま思益しやく等」と。もって、これを天台大師の五教に合はす。十二部・修多羅は、説すでに上に見ゆ。これ何ぞ華厳・阿含に限らん。かつ乳は酪より粗にして、華厳は則ち鹿苑ろくおんより、オサオサし。これ全く合はず。かつ原経の旨を、五味の濃淡、教への最も勝れたるに喩へて、かれは則ち、もってその五教に合はす。故に云く、「これを下劣げれつ根性こんじょうに取る」と。あるいは云く、「これを相生そうしょうの次第に取る」と。また、その義を失せり。

また華厳経性起品けごんきょうしょうきほんに曰く、「譬へば、日の出でてまづ諸大山王しょだいせんのうを照らし、次に大山だいせんを照らし、次に金剛宝山こんごうほうせんを照らし、しかしてのちあまねく大地を照らすがごとし。日光はこの念をなさず。ただ地に高下あり。故に照らすに先後あり。如来もまたしかり。智慧の日輪は、常に光明を放つ。まづ菩薩山王ぼさつせんのうを照し、次に縁覚を照らし、次に善根の衆生を照らす。しかして後、ことごとく一切衆生を照らす。如来、もとこの念をなさず。ただ衆生の善根不同、故にこの種々の差別しゃべつあり」と。このたとへは、もと謂ふ、如来の諸説はもとより浅深なければ、ただその初義最第一、菩薩・衆以上は、実にこれが化をこうむる。これより以下、縁覚・声聞も分に随ひて領承し、みなおのおのその徳をなす。しかるにその最高の者を求むるに、もとより初説を出でず。最妙の者は、もとより華厳を出でず。これ乃ち経の本旨なり。しかるに後世の学者、また誤解して云く、「華厳は第一照、阿含第二照、方等第三照、法華・涅槃は第四・第五照」と。またもってこれを天台大師の五教に合わす。それ華厳の第一照たる、もとより弁を待たず。ただ阿含の最も愚法にして、第二照となり、また法華・涅槃の最妙の者にして、いたづらに第四・第五照となるは、これ甚だ円満ならず。ここに知る、この喩へもまた合はざることを。かつ、経の所列には、ただ四照ありて、かれは則ちこれを五時に合はするも、またその義を失せり。

要するに、この二喩、涅槃は則ちこれを終に託し、もって醍醐の最もじゅんなるを推し、華厳は則ちこれを始めに託して、もって日の先ず山王を照らすをとうとぶ。順逆喩へを設け、おのおのその教へを妙にするも、その実は胡越こえつの異なり。天台大師、この二喩を合わせてもってその五教を証する者も、またあにこれを知らざらんや。たまたま、この喩へは、もって人をして了解しやすからしむるに足る者あるを見るなり。故にかりびってもってその趣をなせり。もってその説を証するにはあらざるなり。あに後世の学者の、固くこれを執って、五時は全くこの二喩に出づとおもへる者のごとく、しからんや。これ則ち、天台大師の本旨なり。あるいはまた後世もって天台大師をましむる者もまた非なり。またその有長含ちょうごんの四種の言論、月燈三昧がっとうざんまいの四種の修多羅しゅたら涅槃ねはんの四菩提あるをもって、よってその四教を立つる者のごとき、また、ただかりに撮って、もってこれをなすのみ。後世、章案しょうあんらが、則ちみな牽強けんきょうしてもってその義を解くも、また合わざるなり。妙玄真記みょうげんしんきに云く、「もって証成しょうじょうするにあらざるも、またこの意なり」と。これ則ちこれを得たり。

神通じんずう 第八

竺人じくじんの俗、げんを好むを甚だしとなす。これを漢人の文を好むにたとふ。およそ教を設け道を説く者は、みな必ずこれによって、もって進む。いやしくも、これによるにあらざれば、民信ぜざるなり。阿毘曇あびどんに云く、「支仏しぶつのただ神通じんずうをもって、もって衆生をよろこばし、法を説くことあたはざることならず。大論に云く、「菩薩は衆生のための故に、神通を取り、諸希有奇特けうきどくを現じて、衆生心をして清浄ならしむ」と。また云く、「鳥、はねなければ高くかけることあたはず。菩薩、神通なければ、随意に衆生を教化きょうげすることあたわず」と。これなり。当時、諸外道しょげどうも、またみな幻をもって進む。迦文闢かもんひらいてこれを上するも、またこれにかりて、もって進まざることあたはず。

大論に云く、「悪邪の人あり、嫉妬心しっとしんいだき、誹謗ひぼうして言ふ。仏の智慧は人に出でず。ただ幻術をもって世をまどはすと。かれが断彼貢高邪慢くこうじゃまんの意を断ずるが故に、無量の神通、無量の智慧力を現ず」と。また云く、「種々の諸物は、みなよく転変てんぺんす。外道の輩の転は、久過ごくく七日に過ぎず。諸仏および弟子は、変転自在、久近くごんあることなし。宝積経ほうしゃくきょうに云く、「如来は憍慢きょうまんの衆生を調伏ちょうぶくするがための故に諸神変を現ず」と。これなり。外道はこれを幻と謂ひ、仏はこれを神通と謂ふも、その実は一なり。ここにおいて、諸弟子のその道を伝ふる者も、またみな託して、もってその説を進む。諸蔵の所説の十分の九はみなこれのみ。

試みに十二分教に就いてこれを言ふに、阿浮陀達磨あぶだだつま未曽有みぞううたる、これ真の幻なり。伊帝越伽いていおちか本事ほんじたる、闍陀伽じゃかた本生ほんじょうたる、和伽那わかなの授記たる、尼陀那にだな因縁いんねんたる、みな、事の幻なり。毘仏略びぶつりゃく方広ほうこうたるや、説の幻なり。これ幻、その半ばに居れり。また大衆部は、三藏の外に、集禁呪経こんじゅきょうを集む。地持論じじろんに、「四陀羅尼しだらにじゅあり。よく呪術を起こして、有神験じんげんあるが故」と。これもまた幻なり。かつ、諸蔵の中には、幻喩げんゆひとへに多し。何となれば則ち天竺には見聞けんもん多く、かつ、その好む所なればなり。また諸弟子言を迦文に託して、もってその言を立て、互相たがいに加上并吞する者のごときも、これまた幻なり。三十二天・六道生滅ろくどうしょうめつの説も、これまた幻なり。七仏しちぶつの前、外道に上すと。これまた幻なり。梵天ぼんてん来りて教を請ふも、これまた幻なり。これみな幻なり。竺人の学は、実に幻をもって道をす。いやしくもこれによってもって進まざれば、民もまた信従せざるなり。

余、故にかって曰く、「およそ天下の僧伽そうぎゃにして、もし仏が幻をるを知り、天下の儒史じゅしにして、もし儒が文に由るのを知らば、則ちその道におけるや。なんぞただ一せきならん。子𤋮しきまたかって余と語って云く、「竺人じくじん無量無辺等の語を好む。そのしょうしかり」と。漢人かんじん文辞佶屈ぶんじきっくつの語を好み、東人とうじんの好清介直語せいかいしっちょくの語を好むも、またその性しかり。また、芥子須弥けししゅみ因陀羅網いんだらもうたとへのごとき、またその民心の好む所。かくのごとき喩へ、多くあり。これ則ち幻にもとづく。漢人もまた山澖平さんかんへい象三耳ぞうさんじをなすといへども、これ則ち文にもとづく。東人は則ち、これらの喩へを好まず。ただ直切の語をなすのみ。

子煕、姓は三好みよし、名は棟明むねあき大坂おおざか人、わが畏友いゆうなり。いまや則ちなし。

また因果報応いんがほうおう天堂地獄てんどうじごくの説のぎとき、もと外道の立つる所、竺人の性の好む所なり。迦文かもんはよりてもって利導りどうし、その中人以下の者を収め、さらに成仏離相じょうぶつりそうの説を立て、もってこの層を出で、その中人以上の者を収む。何となれば則ち、その説もとより悪なく、かつ、竺人の好む所なればなり。しかるに、その実は則ち方便ほうべんなり。これを殷人いんひとを尚んで、殷王の諸こうに、神多く天多きに譬ふ。儒固じゅここれをそしるに、譸張ちゅうちょうをもってする者は、類を知らずと謂ふべきなり。また仏氏ぶっしの儒をそしるに、これなきことをもってする者も、またその実は、則ち方便なるをしらざればなり。

故に道を説き教へをなすは、振古しんこ以来、、みな必ずその俗によって、もって利導りどうす。君子といへども、またいまだここに免れざる者あり。竺人の幻における、漢人の、文における、東人の、こうにおける、みなその俗しかり。いたづらにその俗をもって互相たがいに喧啄けんかいする者は、ことごとく客気かっきなり。ことごとく客気なりかっき。しかるに、客気何の害かあらん。いやしくも善をするをなすは、可なり。ある人神通を得るの法を問ふ。答ふ。これ、もと観想かんそうに始まる。大論に、これを言ふこと尽せり。

大論に云く、「問うて曰く、「神通何の次第かある」と。答へて曰く、「菩薩はを離れ、諸禅を得て、慈悲あるが故に、衆生のために神通を取り、もろもろの希有奇特けうくどくのことを現じ、衆生をして心を清浄しょうじょうならしむ。何をもっての故に。もし稀有けうのことなくば、多くの衆生をして得度せしむることあたはず。菩薩魔訶薩まかさつはこの念をなしをはりて、心を身中の虚空こくうつなぎ、麁重そじゅうの色相を滅し、常に空軽くうきょうの相を取り、大欲精進心だいよくしょうじんしんを発して、智慧は心力よく身を挙げるやいまだしやを籌量ちょうりょうし、籌量しをはりて、みづから、心力大にしてよくその身を挙ぐることを知る。譬へばあしなえの学ぶが」ごとし。常に色麁重の相をえして、常に軽空の相を修すれば、この時、便すなはちよく飛ぶ。二には、またよく諸物を変化へんげし、地を水となし水を地となし、風を火となして、火を風となさしむ。かくのごとき諸大、みな転易てんやくせしむ。こん瓦礫がれきとなし、瓦礫を金となさしむ。かくのごとき諸物、おのおのよく化せしむ。地を変じて水相となすには、常に修して水を念じ、多くまた地相を憶念せざらしむれば、この時、地相は念のごとく、即ち水となる。かくのごとき等の諸物は、みなよく変化す」と。問うて曰く、「もししからば一切入いっさいにゅうと何らの異あるや」と。答へて曰く、「一切入は、これ神通の初道。すでに一切入は、背捨勝処はいしゃしょうしょにして、その心を柔伏にゅうぶくし、しかしてのち、神通に入りやすし。また次に、一切入の中には、一身みづから地変じて水となるを見れども、余人は見ず。神通は則ちしからず。みづからこれ水と見れば、他人もまた実の水と見る」」と。

しかるにこれ東人にあっては則ち難し。何ぞや。風気異なればなり。王充おうじゅう論衡ろんこうのこれを言ふこと尽せり。後世の、禅人ぜんにん搬水はんすい等をもって神通を解くがごときは、乃ちやむをえざるの説なり。

論衡の言毒篇げんどくへんに云く、「太陽の地は、人民促急そくきゅうなり。促急の人は、口舌こうぜつ毒をなす。故に楚越そえつの人、促急捷疾しょうしつ、人と談言し、口唾こうだ人を射し、則ち人脈胎腫たいしょうしてきずをなす。南部極熱の地は、その人を祝すれば樹枯れ、鳥をつばきすれば鳥つ。、みなよくのろいをもって人のやまいを延べ、人のわざわいいやす者は、江南こうなんに生まれて烈気れっきを含めばなり」と。

また趙氏ちょうし賓退録ひんたいろくを按ずるに、「東坡とうば揚州ようしゅうしゅたり。夢に山間に行く。一虎来たりむ。道士どうしあり、虎をしっして去る。明旦めいたん一道士、投謁とうえつして曰く、「夜出、驚に至らざるやいなや」と。坡、とつして曰く、「鼠子そし、いまだなんぢの背に 杖せんを欲せずや。なんぢ、われ、なんぢが子夜しやの術を知らずと謂ふや」と。道士おどろきて退く」と。おもふに、これまた幻なり。およそ、古今、夢をもって感ずる者、多くみなこの術なり。迦旃延かせんねん希羅王きらおうを化し、かんの明帝金人きんじんを夢み、唐の玄宗の空中楚金の字を夢み、粛宗しゅくそうの僧の宝勝如来ほうしょうにょらいするを夢み、代宗だいそうの山寺に遊ぶを夢み、宋徽宗きそう神霄しんしょうを夢み、神宗しんそう神僧しんそうの馬を空中にするを夢みるがごとき、けだし、みなこれのみ。

地位じい 第九

声聞しょうもん縁覚えんがく小乗にもとこの目なし。ともに大乗家の貶言へんげんにして、もって重きを菩薩に帰するなり。声聞は、これ仏に従ひて声を聞きてこれを知るも、いまだ瞭然りょうぜんたることあたはざる者なり。華厳経けごんきょうに云く、「上品じょうぼん十善じゅうぜんに、自利じりぎょうしゅうし、智慧の狭劣きょうれつなるをもって、三界さんがいを怖れ、大悲だいひく。他に従 ひ声を聞きて解了げりょうを得る故に、声聞と名づく、十地論じゅうじろんに云く、「他に従ひ聞声を聞きて通達つうだつを得。故に声聞と名づく」と。これなり。また、その地論じろんに云く、「わが衆生ら、ただ名あり。故にこれを説ひて声となし、声において悟解ごげす。故に声聞と曰ふ」と。また、あるいは曰く、「仏道の声をもって、一切に聞かしむ。故に声聞と曰ふ」者のごときは、ともに非なり。見つべし。竺土じゅくどにも、また種種のあることを。

縁覚は、これ因縁ありて覚するなり。儒に私淑と云う者のごとし。謂非仏に従ひてこれを聞くにあらざるを謂うなり。これまた独覚どっかくのみ。独覚はこれひとりみづからさとることある者なり。大論に云く、「辟支仏びしゃくぶつに二種あり。一は独覚と名づけ、二は因縁覚いんねんかくと名づく」と。楞伽りょうごんもまたこれを言ふ。また、俱舎くしゃに二種の独覚あり、部行ぶぎょうは、これ師友切磋せっさして得る所、乃ち因縁覚なり。麟角りんかくは、これ独学して得る所、乃ち独覚なり。これみな独覚にして、いまだ化他けたに及ばざる者は、一なり。華厳経に云く、「不従他の教へに従はず、みづから覚悟する故。大悲方便だいひほうべんいまだ具足せざるが故」と。これなり。涅槃経に云く、「独覚の衆生を化するに、ただ現神通を現じて終日黙然もくねん、宣説する所なし」と。瑜伽論に云く、「ただ自相じそうを現じて、かれがために説法し、発言せざるが故に、種種の神通の境界を示現す」と。大論に云く、「縁覚の人も、またよく両偈を説く」と。これ、みな独自の義を言ひて、やや化他に及ぼす者は、これを失せり。大論にまた、仏世に逢ふをもって独覚をするも、またこれを失せり。般若はんにゃ初分天帝品しょぶんてんだいほん独覚向どっかくこう独覚果どっかくかあり。また慈恩じおん仁王にんのうを引いて独覚衆あり。また「釈迦出世、五百独覚、山中より来る」と。みな観つべし。また、因縁法いんねんほうを聞くをもって、縁の字を解するも、またこれを失せり。これ、全く語をなさず。

菩薩は、これその身すでに覚することありて、またよく人を覚する者なり。大論に云く、「菩提を仏道となし、薩埵さった成衆生じょうしゅじょうとなす」と。阿毘曇あびどんに云く、「自覚覚他じかくかくた。名づけて菩提となす」と。これなり。菩薩は乃ち究竟くきょうの地位、ここにおいてごくとなす。仏もまた菩薩の仏。菩薩を除くの外、別に仏あることなし。故に無量義経むりょうぎきょうに、菩薩自利の徳を説きて云く、「如来の地において、堅固不動」と。これその本義なり。しかるに善戒経ぜんかいぎょうに、名字菩薩みょうじぼさつ非義ひぎ菩薩・菩薩の旃陀羅せんだらあり。無垢称経むくしょうぎょうに、有疾うしつ菩薩あり。大論に初心の敗壊はいえの菩薩あり。瑜伽に菩薩の倒執懈怠とうしゅげだいあり。また、鈍利二根の菩薩あり。これみな異部の名字みょうじ。その実、菩薩の上層に出でて、もって説をなす者なり。それ、仏は乃ち覚の義、声聞・縁覚は、これすでにこれを身に証する者なり。菩薩は、これすでに身に証して、またよく人に及ぼす者なり。仏は乃ち統名とうみょうなり。しかるに法華経に云く、「声聞もしくは菩薩はみな成仏疑ひなし」と。また云ふ、「なんぢらの所行は、これ菩薩の道。漸漸ぜんぜん修学せば、ことごとく成仏すべし」と。華厳経に云く、「もし人根明利みょうり、大慈悲心ありて、もろもろの衆生を饒益にょうやくせば、ために菩薩道を説く。もし無上心むじょうしんありて、決定けつじょうして大事を楽しめば、ために仏身を示して、無尽仏法むじんぶっぽうを説く」と。これ菩薩の上層、また別に仏あるなり。また法相に、菩薩において修行の次第を説く者のごとき、また一部の名字、別に制を制してそれをもって小乗を圧する者なり。大乗はもと律なくして、その律ある者もまたしかり。

賢首師げんじゅしこれを説きて云く、「方便に随ひて、影似ようじとしてかれを引かんがための故に、もしまったくかれに異ならば、信受しがたきが故」と。これを得たり。またりょうの摂論しょうろんに 十信を謂ひて凡夫ぼんぷ菩薩と名づけ、十解じゅうげ聖人しょうにん菩薩と名づけたり。菩薩に何ぞ凡聖ぼんしょうの別くあらん。また一部の名字なり。声聞は四果は、これそのもとなり。仏十地ぶつじゅうじ大乗同性だいじょうどうしょうの二経、ついて十地を分かつ者は、加上かじょうの説なり。縁覚・菩薩に、もと地位なし。何をもってこれを知る。無量義経に云く、「三法さんぽう四果しか二道にどう」と。三法とは、なんちょう第一法なり。四果とは声聞四果なり。二道は縁覚と菩薩道なり。縁覚・菩薩、二道並べ称す。これをもってこれを知る。その、ついて十地を分かち、あるいは修行の次第を説く者は、みなみな異部加上の説にして、もとの真にはあらざるなり。異部加上之の説も、また仏について十地に分かち<仏十地経・大乗同性説>、三覚さんがく起信論きしんろんを分かち、および、初心の仏<大日経>あるに至りて、極まる。仏はこれすでに最上至極、何ぞ曾って地位初後の別あらん。これみな異部加上してその説を張る者なり。声聞四果、須陀洹しゅだおんの、預流よるたる、これ異議なし。斯陀含しだごん、之為一往来いちおうらいたる、儒に日月至ると云う者のごとし。阿那含の不来たる、儒に三月に不遣仁に違わずと云う者のごとし。説者、生死をもってする者は、非なり。阿羅漢あらかんの不生たる、乃ち仏の一名にして、儒に聖人と云ふ者のごとし。

四部しぶん五部ごぶんの二律、ともに云く、「仏、度五人を度しをはりて、世間に六羅漢ろくらかんあり」と。雑集ぞうしゅう云く、「とみに羅漢および如来を成ず」と。これなり。後来、斥するに声聞をもってする者は、異部加上の説なり。華厳けごん十梵行じゅうぼんぎょう十信なく、仁王にんのう等覚とうがくなし。新金光明しんこんこうみょう勝天王般若しょうてんのうはんにゃ、および大品だいぼんは、ただ十地の仏地を明らかにし、三十心等覚地さんじゅうしんとうがくじを弁ぜず。楞伽りょうがには、妙覚みょうかくの外、さらに自覚聖智じかくしょうちを立つ。涅槃ねはんにまた五行ごぎょうあり。しかして名字品みょうじほんは、十住が十信の後にあり。釈義品しゃくぎほんも例のごとし。仁王の施心せしんは、瓔珞ようらく作捨心しゃしんに作る。華厳は不退に作る。また、瓔珞に、四十二賢聖しじゅうにげんじょうを説いて不説見修けんしゅうを説かず。弥勒問論みろくもんろんに、「声聞はまづ見惑けんわくを断じ、後に修惑しゅうわくを断じ、しかして菩薩は、初地とみに見修道中一切煩悩けんしゅうどうちゅういっさいぼんのうを断ず」と。仁王に、三賢十聖あり。有宗に三賢四聖あり。仁王は五十一位、瓔珞は五十二位、華厳は四十一位、大品四十二位、楞伽五十七位、しかしてまた云く、六十聖位と。地持じじ初地しょじをもって見道けんどうとなし、仁王は四地しじをもって初果しょかとなし、後世、共単ぐうたんを立てて、もってこれを解く者なり。また仁王の教化品きょうげほんの、三地さんじ見を断じ、六地思尽は、受持品じゅじほんに、四地断見、七地思尽とあり。後世、通別つうべつを作りて、もってこれを救ふ者なり。瑜伽・梁の摂論には、みな声聞の十二住じゅうにじゅうを説いて、いま有宗うしゅうの経典にあることなし。涅槃には、阿羅漢あらかんは第十地に住す。本業ほんごうには、七地を菩薩に寄す。仁王には、七地羅漢・八地菩薩とあり。梁の摂論には、八地以去を一乗に寄す。大論・楞伽・唯識ゆいしきは、菩薩初地已去、非智不同ひちふどうなり。起信は則ち、為同修同断どうしゅどうだん念念双修ねんねんそうしゅうとなす。賢首師げんじゅしは終始を立ててもってこれを解く者なり。もと七賢聖しちけんじょうを説くに、成実じょうじつは、二十七賢聖とし、もと八十八使を説くに、成実は九十八使とし、もと見道けんどう十五心を説くに、成実は十六心とす。大論には、十地に二種あり、一にはぐう乾慧けんね等、二はたん歓喜地かんぎじ等とし、楞伽の菩薩十地には、単と同じくして、八地以上をもって勝となし、七地以下をぐうと作る。

説者云く、これ大乗といへども、また通教を兼ぬる者は、これみな 異部の名字、おのおのその説を執りて、互相たがいに加上拗戻おうれいする者。論なし、そのもとよりあひ齟齬そごするに。後世の学者が、多方に遷就せんしゅうし、牽強けんきょうしてこれを合はする者は、みな非なり。また家家けけ等の号のごとき、これを超次ちょうじに通ずるは、是なり。これ、もと品位ほんいの定めなし。第六品をもってするも、また可なり。何ぞただ三・四・五のみならんや。俱舎くしゃに云く、「理、蘇息そそくすべし」等とは、みな臆度おくたくの見のみ。また不退を説きて、俱舎は得忍とくにんの時となし、成実じょうじつなんちょう以上となし、地論じろんは見道以上となし、仏性論ぶっしょうろんに声聞は苦忍くにん、縁覚は世第一、菩薩は十廻向じゅうえこうとなせる者のごとき、また、異部の名字しかり。また超果ちょうかを説きて、あるいはとみに出離しゅつりして中の二果を超ゆとなし、あるいはこれなしとなし、あるいはあるいは賢聖けんじょうことごとくなしとなし、あるいは回向の超なく、須陀しゅだ羅漢らかんもまた超越なし、ただ斯陀果しだかおよび那含果なごんかのみ、これあるとなせる者のごとき、また異部の名字、しかり。これみななんぞ必ずしも会開えかいせん。何ぞ必ずしも和解わげせん。また廻心えしんの説あるも、幷呑へいどんの説のみ。何ぞや。有宗うしゅうはおのづから有宗。空宗くうしゅうはおのづから空宗。各自その道を証す。何ぞ廻心を仮らんや。これ則ち、大乗みづから重んずるなり。また案ずるに、華厳けごん仏地ぶっちにおいて云ふ、「初発心しょほっしんの時、便すなわ正覚しょうがくを成ず」と。しかしてまた、諸住しょじゅうを説くもその実は短長の説のみ。

七仏しちぶつ三祇さんぎ 第十

迦文かもん述ぶる所の七仏は、その名、いまは知るべからず。阿含あごん婆沙ばしゃに、合迦文を合わせて七となす者は、非なり。何をもってこれを知る。多に従ってこれを知る。仁王にんのう普明王ふみょうおうのことを記して云く、「過去七仏の教法によってこれを行ふ」と。大集経だいじょうじっきょうにもまた七仏より已来の語あり。華厳けごんにまた第七仙あり。大方等陀羅尼経だいほうどうだらにきょうに、「世尊は文殊師利もんじゅしりのために、これを説きて云く、「この陀羅尼だらには、これ過去七仏の造る所」と。これなり。また七仏をもって修相しゅうそう逢ふ所となせる者は、三祇さんぎのの説を立てて,もって一層を出でたるなり。また三祇の後、別に百劫ひゃくごうを立つる者は、阿含・婆沙等なり。三祇についてこれを分つ者は、烏婆塞戒うばそくかい・大論等なり。ただ三祇を立て、修相を説かざる者は、起信きしん・楞伽ゆが等なり。これ、みな異部の名字、必らずしも和会わえしがたき者なり。

また思うに、魔訶般若まかはんにゃに云く、「然燈仏ねんとうぶつは、われに当来の一阿僧祇1いちあそうぎ作仏さぶつすべし」と記す。金剛般若こんごうはんにゃ云く、「われ然燈仏の所にありて授記じゅきを得」と。分明に、これ然燈をもって、最初の第一仏となせること、見つべし。金剛にまた云く、「然燈仏の前において、諸仏にふことを得」と。これ乃ち、加上の説、ますますこれを信ず。法華もまた云く、「中間ちゅうげん、われ然燈仏等と説く。みな方便をもって分別ぶんべつす」と。またもってこれを発するに足れり。また案ずるに、楞伽りょうがに云く、「われその時、拘留孫くるそん拘那含くなごん牟尼迦葉仏むにかしょうぶつとなれり」と。もって釈迦と異身にあらずとなせり。また、一家の言、しかり。また、案ずるに、瑞応経ずいおうきょうに、「錠光仏じょうこうぶつは釈迦に記を授け、後九十一劫にあり」となす。これ因果・本業にいはゆる毘婆戸びばしと混じて、かれは則ち阿僧祇劫あそうぎこうに作る。これらみな一定の説なし。またその然燈の上において、別に罽那尸弃けいなしきある、および、また別に釈迦文しゃかもんなる者ありて、仏便すなわち発願して言ふ、われ当来とうらいにおいて作仏さぶつすること、いまの仏名ぶつみょうのごとくならんと云ふ者のごときも、また異部加上の説なり。またその華厳経 に十仏を説き、仏名経ぶつみょうきょうに二十五仏を説き、決定毘尼経けつじょうびにきょうに三十五仏を説き、薬王経やくおうきょうに五十三仏を説くがごときも、また異部の名字、しかり。もって迦文かもん前、実にこれありななせる者はこれ、幻のために使はるる者のみ。十年行苦楽を行ひ、樹下、正覚をなすは、これその実なり。その三阿僧祇さんあそうぎをもってする者は、これ幻なり。しかして無量劫むりょうこうをもってする者は、幻の幻なり。

宝雲経ほううんきょう云く、「われ浅近衆生せんごんしゅじょうのために、三阿僧祇劫に修行すと説く。しかるにわれ実に無量阿僧祇劫に修行する所なり」と。華厳経に云く、「われ釈迦の仏道をなすを見るに、すでに不可思議劫ふかしぎこう」と。法華経に云く、「一切世間、てんにんおよび阿修羅あしゅらはみなおもふ。いまの釈迦牟尼仏は、釈氏宮しゃくしぐうを出でて、伽耶城がやじょうを去ること遠からず、道場に坐して、阿耨菩薩あのくぼだいを得たりと。しかるに善男子よ、われ実に成仏已来、無量無辺、百千万憶那由陀劫なゆたこう」と。これみな寿量久成くじょうをもって、三祇劫に上するも、その実、幻の幻なり。その究もまた、一念成仏を説いて、もってこれを破らざることあたはず、これ頓部氏なるのみ。故に、起信論にこれを合わせて云ひ、懈慢けまんの衆生のために無量阿僧祇にしゅうすと説き、怯弱こうにゃくの衆生のための故に、一念成仏と説きて、実は、「一切の菩薩は、みな三祇劫を」と、これなり。また法華の八歳の竜女りゅうにょ、南方に作仏さぶつするがごとき、これ、そのいやしくもあらば、必ずしも年紀男女なんにょかかはらず、乃ちよく果をなすを言ふも、またもって従前の因陀羅を破るなり。論者、あるいはこれを解くに天女をもってする者は、これを知らざればなり。また、超劫ちょうこうの説のごとき、俱舎くしゃ婆沙ばしゃに云く、底沙ていしゃを讃して九劫を超ゆ」と。大論だいろんに云く、「弗沙ぶっしゃを讃して九を超ゆ」と。しかして因果経いんがきょうには婆尸びばしに作る。あるいは云く、「底沙と弗沙は一仏」と。華厳のじゅに別仏となす。しかして涅槃経ねはんぎょうは則ち十二劫に作る。遠公おんこうしょに云く、「三祇中、三劫を超ゆ」と。合はせて十二となすは、非なり。心地観経しんじかんぎょうに云く、「初僧祇は十二劫を超え、第二僧祇は八劫を超え、第三祇は十一劫を超ゆ」と。また超九劫を、四分しぶんは則ち云く、八劫と。金光明は則ち云く、十一劫と。これまた別部の名字みょうじ、みな何ぞ必らずしも和会わえせん。

仲基なかもとかって謂ふ。諸経する所の仏菩薩諸名しょみょうは、必ず 鑿空さくくうしてこれを出ず。、意ふに、多くはこれ太古の時の人名にして、なほ、漢に無懐むかい葛天かってん尊慮そんろと云ふの類のごとし。また一定の説なきこと、なほ、河伯かはく氷夷ひょうい神茶しんと鬱櫑うつるいの類のごとし<野客叢書やかくそうしょ>。けだし、みなよる所あるなり。尸弃しきの名のごとき、一は則ち、釈迦仏が初僧祇満しょそうぎまんに逢ふ所、一は則ち七仏の第二の仏、一は則ち梵王ぼんのう尸弃とす。観世音自在かんぜおんじざいのごとき、一は則ち観自在菩薩かんじざいぼさつ、一は則ち観自在仏、一は則ち、観世音自在梵王とせり。また、摩醯首羅まけいしゅらのごとき、一は則ち三界の主、一は則ち薬叉神やくしゃじんなり。また善現ぜんげんのごとき、一は則ち西方の大将だいしょう、一は則ち色界第四禅なり。これみな当時この名号あり。故に、説者おのおの仮りてもってこれを言ふ。

言に三物あり 第十一

般若に仏性ぶっしょうの語なく、阿含あごん陀羅尼だらにの名なく、金光明こんきょうみょう三身じん仏地ぶつじ本業ほんごうの二身、楞伽りょうが摂論しょうろんの四身、華厳けごんの二種の十身、大論の 四魔、罵意めいの五魔、大論の三天、涅槃の四天、維摩ゆいまの不可思議、金剛の無住、華厳の法界ほっかい、涅槃仏性、涅槃一切種知いっさいしゅち、金光明の法性ほっしょう法華ほっけの諸法実相。これみなその家言。おのおの主張する者、いはゆる言に人あるなり。もろもろの蔵経中に、梵語ぼんごを伝ふる者、多く異ありて、説者云ふ、梵の楚夏そかと、羅什らじゅう恒河ごうがは、玄奘げんじょう殑伽ごうが、羅什の須弥しゅみ、玄奘の蘇迷蘆そめいろ、かくのごときの類何ぞ限らん。みな、あるいは指して旧すとなすも、それ、言語は世に随ひてことに、音声おんじょうは時と上下す。そのと云ふは、真の訛にあらず。いはゆる言に世あるなり。維摩ゆいまに云く「一念に一切法を知るも、これ道場」と。禅要に云く、「性定しょうじょうおのずから離る、即ちこれ道場」と。これ乃ち、変幻張大の説なり。道場はおのずから道場、もとより念性ねんしょう相ひ関せず。これを神道者流の高天タカマの原をもって心体となせるに譬ふ。また増含ぞうごん起世きせ等にいはゆる四食しじきのごときは、ただ段食だんじきのみ乃ち人中にんちゅうの所食にして、食噉しょくたんすべき者なり。その他、更楽食こうらくじきは乃ち衣裳いしょう繖蓋さんがい香華こうげ薫火くんか等。念食ねんじきは乃ち意中の所念・所想・所思惟しょしゆい等。識食しきじきは乃ち意の識る所、しきをもってじきとなす。これあにみな皆しょくの真ならんや。食を張大にして、しかり。これを俗に云ふ、棒を喫し拳を喫する等の喫に譬ふ。また、又如大論以経巻きょうがん法身舎利ほっしんしゃりとなせるがごとき、舎利はおのずから舎利、もとより経巻と相関せず。これもまた張舎を張りて、しかり。また、その芥子けし、須弥をれ、毛端もうたん宝刹ほうさつを現ずと云ふ者のごときは、これ理を張りて、しかり。およそかくのごとき類は、みな張説也、およそ説の実によって濫せざる者は、いはゆるへんなり。偏は乃ち実なり。古今道を説く者は、張説ことに多し。学者これを知らば、何ぞただに一一尺せきならん。如来の義は、ごとくにして来る、なり。もと、これ心体しんたいの名、善悪いまだ分かれず。類においてはんとなす。楞伽りょうがに云く、「如来蔵は、これ善不善の因」と。般若に云く、「一切は衆生はみな如来蔵」と。これなり。あるいはゆいてもって成徳じょうとくの名とし、衆妄しゅうもうすでに止みて、如如にょにょとして来る。類においてとなす。勝鬘しょうまんに云く、「如来は法身、煩悩蔵を離れざるは、これ如来蔵」と。如来蔵に云く、「一切衆生は、瞋癡じんちのもろもろの煩悩の中に、如来身あり」と。これなり。又如翻鉢刺婆刺拏はつらばらなを翻して自恣じしとなせる者のごとき、自恣の語は、もと悪にありて、これ善に局す。類においてはんとなす。およそこの<五類は、いはゆる言に類あるなり。

およそ言に類あり、世あり、人ある、これを言に三物ありと謂ふ。一切の語言、解するに三物をもってする者は、わが教学の立てるなり。いやしくもこれをもってこれを求むるに、天下の道法、一切の語言は、いまだかって錯然さくぜんとして分れずんばあらざるなり。故に云く、三物五類は、立言の紀と。これなり。また、盧舎那るしゃな毘盧遮那びるしゃな, 新旧しんく異あるがごときも、また言に世あるなり。これもと迦文かもんを讃するの辞、ついにもって号とすること、儒者の堯を称するに、放勛ほうくんをもってするがごとし。後世学者、あるいは新旧によって、もって三身さんじんを分かつ者は、非なり。また、那落ならく捺落ならくのごとき、また音の同きを取る。婆娑ばしゃ正理しょうり、並びに定文じょうもんなし。後世の学者、あるいは字によりてを異にする者も、また非なり。また真丹震且支那指難のごときも、また同じ。琳師りんし云く、「東方は震に属す」と。また字によりて解を生ぜり。笑ふべし。また洛叉らくしゃ俱底くちのごとき、ともに大数の名、ほんしておくとなせる者は、仮りてもってこれを合はすなり。あるいは、その不合に惑うて、乃ちして云く、「西国に三種の億あり、四種の億あり」と。億はこれ漢名、竺土に、何ぞかって三種四種の億あらん。また非なり。かつ阿僧祇あそうぎ積数しゃくすのごとき、またみな異部の託言、互相たがいに変改して、もって人をるのみ。これ何ぞ必ずしも和会わえせん。また玄奘げんじょう師は五種の不翻を論じて、薄伽梵ばがぼんのごときは六義を具すとおもえる者のごとき、知らざる者は乃ち云く、梵語の多含たごんは、実に他方の及ぶ所にあらずと。これ大いにしからず。漢語のごときも、またみな多含、字をえつて書を見つべし。およそその注して、某なり、某なり、某なりと云ふ者は、みなこれ多含、一義の尽す所にあらず。何ぞただ、漢語のみならん。この方の語のごときも、またみな多含、放蕩ほうとうの者を謂ひて達曰結たわけとなせるがごとき、また放蕩の一義、あによくこれを尽さんや。類推して知るべし。可知

八識はっしき 第十二

六根・六識は、これその本説なり。勝鬘経しょうまんきょう に、なほ六識と説き、また摂論しょうろんに云く、「声聞乗しょうもんじょうの中に、この心を阿頼耶識あらやしきと名づけ、阿陀那識あだなしきと説かず。この深細境の所摂によるが故」と。また見つべし。その七識・八識ある者は、みな異部加上いぶかじょうの説なり。楞伽ゆが対法たいほうは、則ち七識をもって主となす。云く、「眼等六識界及意界を謂ふ、云云。第八識は意界の所摂なり」と。深密じんみつ唯識ゆいしきは則ち八識をもって主となす。云く、「意識を離れて別に余識あるにあらず。ただ除別に阿頼耶識あり」と。これまた異部の言、必ずしも和会せずして、可なり。また、楞伽経りょうがきょうに、八・九識を立てて因果合説し、および梁の摂論は、また一層を出でて、阿摩羅をもって主たるごときも、また異部の執、しかり。何ぞ必ずしも怪しまん。奘師じょうしはこれを許さずして云く、「第九は、これ第八の異名」と。固なりと謂ふべし。また釈摩訶衍論しゃくまかえんろんに十識あり。大日経だいにちきょうに無量の心識あり。これ心識加上の説なり。案ずるに、阿頼耶あらやはこれ蔵の義、阿陀那あだなおよび末那まなは、これ執の義、古来、訳するに心意をもってす。

俱舎に云く、「集起しゅうきしんと名づけ思量しりょうを意と名づけ、了別りょうべつを識と名づく」と。成唯識じょうゆいしきに云く、「蔵識は、説きて心と名づけ、思量しょうを意と名づけ、よく諸境の相を了する、これ名を説きて識となす」と。摂大乗論しょうだいじょうろんに云く、「阿頼耶識はもって心体しんたいとなす。これによりて種子しゅうじとなし、意および識、転ず。何の因縁の故に、また説きて心と名づくるや。種種の法は、熏習くんじゅうの種子の積集くんじゅうする所 によるが故」と。みな見つべし。

しかるに、心意はこれ漢語。阿頼耶・阿陀那はこれ梵語。もとより、その趣を異にす。得て合はすべからざる者あり。必ずしも当つるに漢語をもってせず。ただ会するにわが意をもってする、可なり。何ぞや。阿羅耶はこれ蔵、阿陀那は、これ執。執と蔵とは、ともに心のこと、もとこの二者において、心意を分かつべからず。もし、しひてこれを分かたば、阿羅耶・阿羅耶は、これ意の義、阿羅耶識・阿羅耶識は、これ心の義なり。何ぞや。これを執り、これを蔵すは、乃ち心の用、活語たり。これ意なり。これを名づくるに識をもってすれば、乃ち心の体、死語たり。これ心なり。しからざれば則ち、経論もまた、何をもって阿頼耶と阿頼耶識とを分かたんや。

解深密げじんみつに云く、「もしくは、菩薩が内に外に、蔵住ぞうじゅうを見ず、熏習くんじゅうを見ず、阿頼耶を見ず、阿頼耶識を見ず、阿陀那を見ず、阿陀那識を見ず」と。これなり。摂論しょうろんは則ちただ、本識および阿陀那識を見ざるに作る。これ、訳家やくけ意をせずしてしかり。惜しいかな。

故に、そのあるいは阿陀那をもって第八識となせる者も、またこれを得たりとなす。

楞伽ゆが雑集ぞうじゅうに云く、「心とは、蘊界処うんかいしょ習気じっきの所熏を謂ふ。一切の種子しゅうじ、阿頼耶識をまた異熟識いじゅくしきとなづけ、また阿陀那識と名づく」と。これなり。

また楞伽経りょうがきょうに阿頼耶を説いてもって如来蔵となし、無明むみょう七識とともにそなはるなりと云ふがごとき、これ、してこれを張るもの、義は如来と同じ。故に、あるいは別に菴摩羅あんまらを立て、もって究竟となすは、これ加上の説なり。また案ずるに、阿頼耶識は、もと外道げどうの所説なり。大日経に載する所の三十種の妄計、見つべし。仏家ぶっけは、特によりてもってこれを説くのみ。また、案ずるに、有宗うしゅうはただ阿羅耶をもって心意しんにの名となし、別に論説なし。

梁の摂論に云く、「増一阿含経に言ふがごとき、世間の喜樂は阿梨耶ありや愛阿梨耶あいありや習阿梨耶じゅうありや着阿梨耶じゃくありやにおいてす。阿梨耶を滅せんがために、如来は正法を説く」と。また、無性むしょうの摂論に云く、「異熟頼耶いじゅくらいやとは、乃ちこれ」と。

これを要するに、その七・八識に当つるに心意をもってする者は、古来、訳人の誤りなり。

四諦したい十二因縁じゅうにいんねん六度ろくど 第十三

雑心ぞうしんの、苦集道滅くじゅうめつどう大経だいきょうの集苦道滅、華厳けごん、苦集滅道は、みな異部の言、しかり。これを諦と謂ふ者は、乃ち審諦しんたいどうと云ふ者のごとし。これに処するの道を謂ふなり。大経には「苦ありて諦なし」と。見つべし。苦は心の煩悩ぼんのうなり。凡夫はじゃくをもって樂となすも、真樂にあらず。集は心の無明むみょうなり。癡闇ちあん心に和合す。故に煩悩あり。滅はその無明を滅す。乃ち涅槃ねはんなり。道はその煩悩を除く。乃ち菩提ぼだいなり。 遺教経ゆいぎょうきょうに云く、「仏説く、苦諦くたいは実苦なり。樂しまむべからず。じょうは真にこれ因、さらに異因なし。もし苦滅すいれば、即ちこれ因滅す。因滅するが故に、果滅す。滅苦めっくの道は、実にこれ真道、さらに余道なし」」と。これなり。これ乃ち四諦の本義。その、凡夫は苦ありて諦なく、二乗にじょうは諦ありていまだ達せず。菩薩は共になく、ただ真理ありと説き、あるいは聖諦しょうたいは苦にあらず、集にあらず滅にあらず道にあらずと説き(思益しやく)、あるいは有四種の四諦ありと説く(涅槃・勝鬘しょうまん)者は、みな異部の名字。おのおのその義を制する者は、もとの真にはあらず。毘曇びどんに云く、「癡闇ちあん心体しんたいは、慧明えみょうなきを無明むみょうとなす。これ正義しょうぎなり。成実じょうじつに云く、「邪心を分別し、正慧明しょうみょうえなきを、無明と名づく」と。これ傍らに一邪字を添ふ。正義にあらず、ぎょうはこれによりて行ふなり。これによりて行なへば、則ち心識しんしきくんず。これ識なり。名色みょうしきは、これを色してこれを名とす。志と云ふ者のごとし。六処は、乃ち六根。 気と云ふ者のごとし。そくじゅは、これを触れこれを受くるなり。あいしゅは、これを愛しこれを取りこれを有するなり。、しょう老死ろうしは、これに生じてこれを老死するなり。無明にして生じ、しかして老死す。これいはゆる酔生夢死すいせいむしなり。一行行いちぎょうぎょうは、みな因たり。老死に至りてむ。現在の一因縁いちいんねん、これ本説なり。そのあるいは、三世 羯頼藍さんぜかつららん等、もしくは二世をもって説をなせる者は、これ幻説なり。(俱舎くしゃ大論だいろん等)。また一念いちねんをもってし(大集だいじゅう)、もしくは順逆じゅんぎゃくの観(阿含あごん)、もしくはじゅかんの初となせる者は、みな異部の名字、しかり。

また、あるいは謂ふ。十二因縁は、なほ車輪の上下に廻転するがごとし、と。続いてまた始まる。これその<無明に因なく老死に果なきにきんす。故に婆娑ばしゃに云く、「無明に因あり、前の無明を謂ふ。老死に果あり、後の老死を謂ふ」と。有余師うよし説く、「無明に因あり、前の老死を謂ふ。老死に果あり、後の無明を謂ふ」と。槃および守護国界経に云く、「不正ふしょう思惟しゆいを因となし、無明を縁となす」と。これ、みな本意のある所を知らず、また、ただ漆桶しつつう模索もさくしてしか云ふ、それ仏の十二因縁を制する者は、説諸業しょごうのもと無明に出るを説かんとなり。無明、もし一つぁび除けば、則ち行なく識なく、乃至老死なし。これを槃涅槃はつねはんと謂ふ。これ、四諦の、じゅうあればあり、苦めっすれば則ちどうと云ふ者のごとし。四諦はこれ合、十二因縁はこれ開、その実は一也なり。しかるに、諸家しょけ声縁しょうえんに分属する者は、言のぶんなり。故に大経だいきょうに云く、「聖諦しょうたいに二種あるを知る。声聞・縁覚を中となし、諸仏・菩薩を上となす」と。また云く、「十二因縁を観ずる者四種、上上智じょうじょうちを仏となす」と。見つべし。その声縁に局せざるを。

ただ六度ろくど独り化他けたに属す。これ菩薩の業なり。しかれどもまた、ここに局すとおもはば、不可なり。大品だいぽんに云く、「阿羅漢あらかん支仏しぶつは、六派羅密ろっぱらみつによりて彼岸に至る」と。楞伽りょうがに云く、人天にんでん・ニ乗は、みな波羅蜜と名づく」と。これ見つべし。案ずるに、六度はみな古来学者のよりて行ふ所。布施・禁戒・忍辱・精進・静慮・智慧は、経説に載する所、みな所当ありて、見つべし。閲婆娑ばしゃを閲するに、た四波羅蜜しはらみつありて、云く、「六波羅蜜、外国師げこくしの説」と。おもふに、四度はこれ、その本説、加ふるに二度をもってするは、加上の説なり。大品に云く、「般若波羅蜜によりて、五波羅蜜は波羅蜜の名字を得」と。大論もまた云く、「五波羅蜜は般若中に含受す」と。ここに知る、当時、五波羅蜜の目ありて、加ふるに般若をもってする者は、空家くうけの作なるを。また知る禅那ぜんなもまた禅定家ぜんじょうけの加ふる所なるを。いまの禅人ぜんにんは、けだしその流派にして、迦葉かしょうをもってする者は、妄なり。迦葉は、これ頭陀ずだの宗、精進家しょうじんけなり。合はず。

禅人、あるいは、その六度中の禅那に同じきをにくんで云く「古徳は仏心宗ぶっしんしゅうを呼んで禅宗となすも、六度の禅那にあらず。単伝直示たんでんじきじの字画に従ふなり」と(済北集ほくせいしゅう)。不立文字ふりゅうもんじの学、かへって字画に従ひてこれを名づく。怪しむべし。

かつ上の四度は、意旨あひ類す。これそのもとなり。禅那・般若は、独り心業しんごうに属して、上と類せず。分明に、これ後来加ふる所なり。

出状後語 巻の上 終

出定後語 巻之下

    目録

  1. 戒 第十四 
  2. 室娶 第十五
  3. 肉食 第十六
  4. 有宗 第十七
  5. 空有 第十八
  6. 南三北七 第十九
  7. 禅家祖承 第二十
  8. 曼荼羅氏 第二十一
  9. 外道 第二十二
  10. 仏出朝代 第二十三
  11. 三教 第二十四
  12. 雑 第二十五

出定後語 巻之下

     日東 富永仲基造幷自訳

戒 第十四

大論だいろんに云く、「十善じゅうぜんはこれ尸羅しら、仏出世しゅっせせざれども、世に常にこれあり。故に旧戒くかいと名づく」と。それ善のまさになすべく、悪のまさになすべからざる、善をすれば則ち順、悪をすれば則ち逆、これ天地自然の理、もとより儒仏の教へに待たず。故に戒の体は、もと悪の事に逆なるに出づ。悪なければ則ち戒なし。故に、大論に云く、「もし仏にして好世に出でなば、則ちこの戒律なし。釈迦文しゃかもんのごとき、悪世にありといへども、十二年中、またこの戒なし。僧祇律そうぎりつは則ち云く、「五年以後、広く戒律を制す」四分律しぶんりつは大論に同じ。また異部の言しかり。その戒の体はもと事に戒む。ただし身口を戒む。これそのもとなり。しかして大乗家は、合はせて三業さんごうを防いで、これを心に属す。また加上の説なり。戒の体を、曇無徳どんむとく成実論じょうじつろんは云く、「無作むさ」と。雑心ぞうしん毘曇びどんは云く「心」と。大乗家は云く、「しょう色心しきしん」と。また異部の言、しかり。大論に云く、「菩薩は方便力ほうべんりきをもって、現に五道ごどうに入り、五欲ごよくを受け、衆生を引導す」と。また云く、「菩薩に二種あり。もしくは出家、もしくは在家」と。それ菩薩は方広ほうこうをもって道となし、済度さいどを業となす。その心は恢恢かいかい、その行は嶷嶷ぎょくぎょく、また何ぞ、独り戒律に瑟宿しっしゅくせん。故に菩薩において戒律あqり、修行の次第ある者は、みな、もとの真にはあらざるなり。瑜伽地持、四重しじゅう四十五軽しじゅうごきょうあり。方等経ほうどうきょう四重しじゅう二十八軽にじゅうはちきょうあり。梵網経ぼんもうきょう十重じゅうじゅう四十八軽しじゅうはちきょう、およそ戒律の厳は、実に梵網に至りて極まる。これみな小乗に影似して、その上を出づる者なり。

それ、仏の戒律あるは、なほ儒の礼あるごとし。礼は、道の時によりて制する者。身・口・意みな礼あり。これをてて儒なし。戒を棄つるも、また仏なし。故に遺教経ゆいぎょうきょうに云く、「わが滅後において、まさに尊重珍敬波羅提木叉はらだいもくしゃを尊重珍敬すべし。これ則ち、これなんじらが大師。われ、われ世に住するがごとく、これに異ならず」と。これ仏の法に貴ぶ所の者、ただ律をしかりとなす。しかるに般若家以下至頓家はんにゃけいげとんげに至る。あるいはこれをゆるがせにす。みなその真にあらず。故に涅槃兼家ねはんけんげは、独り戒律をとうとぶ。まこと迦文かもんの意なり。

慧遠師えおんしまさに終らんとするや。耆徳きとく鼓酒ししゅをもって病を治せんと請ふ。師の曰く、「律に正文しょうもんなし」と。請飲米汁べいじゅを飲まんと請ふ。師の曰く、「日はちゅうを過ぐ」と。また請密和水みつわすいを飲まんと請ふ。乃ち<律をひらひてこれを尋ねしむ。巻いまだ未ばならずして終はる。これ、死生ししょうをもってその塞を変ぜず。よく律を守る者と謂ふべし。しかるにその日すでに中を過ぐるもをって、米汁すら、かつ飲むことあたはざるは、ああ、またろうなり。五分律ごぶんりつに云く、「これわが語といへども余方よほうにおいて清浄ならずんば、行はずして過ちなし。。わが語にあらずといへども、余方において清浄なる者は、//行はざるを得ず」と。//これ、その真なり。達者は、時と処とによりて、しかしてその律を制す。また、何ぞ独りいにしえに局せんや。おん師といえども。また、あにこれを知らざらんや。故にその葬儀を制する、受業じゅぎょう和上わじょうは、父母に同じく、みな三年の服あり。依止師えししのごときは、喪に随いて暫く服をなす。これ、涅槃、法律並びにその制なきをもっての故に、始めてこの儀を制するなり。かれ、すでに法律の外において、別に法律を捨取することあたはざる者は、また法律の中において、独り法律を捨取することあたわざる者は、まことに怪むべきの甚だしきなり。また、何ぞその特操とくそうなき。

また案ずるに、五戒中、竊盗せっとう邪淫じゃいん妄語もうご、これすでに悪に属す。ただし、殺生せっしょう飲酒おんじゅは、これ無記むき。殺生して罪なく、飲酒して乱る。これ乃ち悪に属す。五戒は、もとその悪を戒めて、絶えて殺生飲酒あることなしと謂わば、不可なり。功徳鎧くどくがいが宋の文帝に答ふる殺生の義は、これを得たり。楞伽りょうがもまた云く、「種種放逸の酒」と。放逸の酒は乃ち不可なり。また案ずるに、増一ぞういち八関斉法はつかんさいほうあり。大論には分ちて九となせり。しかして諸部に前後異同あり。また異部の言、しかり。

室娶しつしゅ 第十五

天竺の四姓ししょう刹利せつりは王種にして、民を治め政をなす者。 婆羅門ばらもんは法種にして、教えをなし民を導く者。毘舎は商賈しょうこ首陀農甿のうぼうにして、上の二種のために、治めかつ教へられる者なり。刹利はなほ儒に天子・王公・大夫・士と云ふがごとし。婆羅門は、儒に,ruby>司徒しと郷の儒師と云ふがごとし。これを治むる者は王公、これを教ふる者は司徒、なほこの方、仏法王法並べ称して、天台仏法を統ぶる者のごとし。婆羅門法に、七歳以上は、家にありて学問し、十五以上は婆羅門法を受け、游方学問し、年四十に至りて、 家嗣けしの断絶せんを恐れ、帰りて妻を娶り年五十に至りて、山に入りて道を修(麟記りんき)婆羅門は、世世あひ承け、道学をもって業となす。あるひは在家ざいけ、あるひは出家しゅっけ、多く己の道術をたのんで、我慢がまんの人なり。(肇師じょうし)仏もまた教へなし民を導く者、乃ち一種の婆羅門、出家にして妻なき者たるのみ。これ竺土の儒師の習ひ、しかり。独り人を教ふる者にして、室娶しっしゅなし。闔国こうこくの人をしてみな妻なく嗣なからしむるにはあらず。律に云く、「父母聴ぶもゆるさざれば、不許出家を許さず」と。これ、見つべきのみ。故に、迦文、はじめ室娶ある者もまたこれのみ。何にかいわんや。迦文、もと刹利王種なるをや。しかるに仏子は多く迦文の妻息あるを忌むなり。あるいは云く、瞿夷くいは乃ち耶輸やしゅなり。あるいは云く、善星ぜんしょう堂弟どうだいの子、しかるに三夫人さんぶにんもくは、すでに明文ありて、五夢ごむ仏本行ぶつほんぎょう十二游じゅうにゆの三経に出ず。善星比丘ぜんしょうびくは、仏の菩薩の時の子と、涅槃経に出づ。これ、見つべきのみ。

また大善権経だいぜんごんきょうに云く、「何の故に、菩薩にして室娶あるや。菩薩は無欲、ゆえに妻息を示現して、人の、菩薩は男にあらず、黄門おうもんのみと、懐疑するを防ぐ。故に瞿夷釈氏くいしゃくしの女を納れて羅云らうんを生むも、天において変没化生へんもつけしょうし、父母の合会ごうえによらずしていくす。またこれ菩薩本願の致す所」と。ああ、これ幻の説なり。もし、われいまだ道を知らざる時、つ世法に随ひて妻を娶ると謂はば、則ち可なり。しかして云く。「人の黄門たるを疑うを防ぐ」と。何ぞ、その陋の甚だしきや。また云く、「合会によらず」と。これ鬼にあらざれば、則ち怪なり。笑ふべきのみ。涅槃経もまた云く、「迦葉問ふ、「もし、仏すでに煩悩海をわたらば、何によりて、また耶輸陀羅やしゅだらを納れて羅睺羅らごらを生む。仏、迦葉に告ぐ、「われ無量劫において、かくのごとき五欲を捨離せり。ただ、世間法に随ふがために、如是の相を示す」」と。これその仏は久劫、すでに道を成して、また室娶あるに嫌ひあり。故に、またその説を幻にして、もってこれを合はす。その実は仮説けせつなり。また按ずるに、「なんじ子あらば出家せしめん」と。この文を閲するに、いまだ出家せざる時は、子なき者のごとし。却後六年、これを生むと<瑞応ずいおう普曜ふよう>。および、成道の日に生まると。これもまた、久曠きゅうこう胎にあるの理なし、おもふに、仏の妻息は有五年樂行の間、これある者あらん。もってこれを解けば則ち難きことなし。

また案ずるに、仏子甚だ女身をにくむ。これもと俗をむるに出づ。じくの俗、甚だ女子を貴ぶ。司馬遷しばせん史記しきに云く、「えんより以西、安息に至るまで、女子を貴ぶ。女子の言ふ所、大夫乃ち決正けっせいす」と。いま南蛮なんばんの俗もなほしかり。紅毛こうもう闔国こうこくみな贅壻ぜいせい、女子をもって主となす。おもふに、竺もまた、しかるべし。かつまた、経説中の載する所、母氏の姓字を取りて号となす者多し。富蘭那迦葉ふらなかしょう末加黎󠄂拘賖黎󠄂まつかりくしゃりのごとき、みなこれなり。その他、甚だ多し。肇師じょうしもまた云く、「天竺は多く母名をもって子に名づく」と。これなり。かつまた、正法念経しょうぼうねんきょうに四種の恩を説く。「一には母、二には父、三には如来にょらい、四には説法法師」と。これまづ、かぞふるに母をもってせり。観経かんぎょうもまた云く、「劫初已来ごうしょいらい、もろもろの悪王ありて、国位をむさぼるが故に、その父を殺害するもの、一万八千、いまだかって、無道にして母を害するあるを聞かず」と。ここに国俗の母を貴ぶこと、また父に勝れるを知る。われ、これをもって、竺の俗、甚だ女子を貴ぶとなせるなり。

故に仏出でてこれを斥し、甚だしきは則ち、至云菩薩は女身を離る、仏性を知らざるを、名づけて女人となすと云ふに至る。これみなためにすることあるの言、男子のために気を吐かん欲する者なり。しかるに、その実、物に凸凹あり、人に男女あるは、天地自然の理なり。人の天地間にある、また何ぞ独り女身をにくまんや。また仏の淫を戒むる者は、その、邪淫・羅漢欲あるを戒むるなり。これは則ち在家をもってこれを言ふ。その僧迦そうぎゃにして妻室なき者は、梵行多くこれによりて、もって敗るればなり。故に儒家の言にもまた云く、「目、女色を見ず」と<荀子じゅんし>。これ則ちこれのみ。故に心において羅漢欲あることなければ、則ち何ぞその妻室あるをにくまん。故に仏もまた云、「狂者は犯せず」と(五分律ごぶんりつ)「なんじすでに無心、きかんぞ犯すと云わん」と<浄諸業障経じょうしょごうしょうきょう>。則ちこれのみ。しかるにまた云く、「もろもろの比丘らの、世俗の人のごとく、嫁娶行媒かしゅぎょうばいし、大衆の中において、毘尼びに毀謗きぼうする、これ法滅の相となすと(摩耶経まやきょう。「もし沙門ありて、その心念を一にして、声色を顧りみざる、これわが弟子にして、教えに随順する者なり」と。<雑含ぞうごん>、これ則ち迦文の意なり。独り僧伽にして妻室なからんを欲す。僧伽にして妻室なき者は、これをよく迦文の意を守迦と謂ふ。しかるに後世往往して梵嫂ぼんそうもくある者は、これ法滅のみ。また、さきに閲楞厳および観世音陀羅尼経を閲するに、ともに呪ありて、もって犯欲ほんよくおよび五辛ごしんを解く。後世、梵嫂ある者は、けだし、みなこれを持せり。

肉食 第十六

仏、殺を戒め肉遠ざくる者は、 なほ儒のごとく、しかり。およそ血気あるのたぐひを、君子はみづからコロさず、が飲食を薄うし、悪旨酒をにくむは、これは則ちこれのみ。故に十誦律じゅうじゅりつに、三浄肉さんじょうにくあり。涅槃九浄肉あり。みなこれを食ふをゆるす。楞伽もまた云く、「われ時ありて五種の肉をしゃし、あるいは十種を制すと説く」と。見つべし、食肉は制に取捨ありて、独り浄肉をゆるすを。これ、そのもとなり。後来、これを戒むること益々厳なり。楞伽に云く、「縛象ばくぞう大雲だいうん央堀利魔羅おうくつりまら(みな経名)およびこの楞伽経に、われことごとく断肉を制す」と。ここに知る。従前の契経かいきょうもこれをゆるせる者あるを。涅槃もまた云く、「今日より始めて声聞弟子は肉を食ふをゆるさず」と。ここに知る、有宗は食肉をゆるせるを。楞伽に列する所の十七縁、多くはその、臭穢しゅうえにくむにあり。独りその第一にありては、則ち云く、「一切衆生、もとより以来このかた、展転因縁、かって六親となる。親想をもっての故に、肉を食うべからず。楞伽また云ふ、人をもって羊を食ふ。、羊死して人となり、人死して羊とたり」と。明教師もまたこの意を受けて云く、「人物を食ひ、物は人を食ふ。むかしあひひて、いま、あひつぐなふ。業の致、しかり。然、謂物の自然じねんと謂はば、天何ぞなる。また云く、「いまの牛羊を視るに、ただ恐らくは、そのむかしの父母の精神の来る所ならんを。せつを戒めて、不使暴一微物いちみもつをもそこなはしめざるは、親をおもふに篤ければなり」と。

ああ、甚だしいかな。その説に惑へることや。人をもって物を食ふ。天のたらば、則ち穀菜こくさいもまた、物にあらずや。もし有智うちをもってこれをかたば、仏何ぞ頗なるや。父母あるいは牛羊たらば、則ち独り穀菜たらざらんや。外道婆吒げどうばたの計に云く、「十方草木は、みな情意じょういあり。人と異なることなし。草木も人たり。人死して、還って十方草木となる」と。これもまた何ぞしかるにあらざるを知らん。楞伽もまた云く、「清浄比丘および諸菩薩は、岐路において行くに、生草をまず。いはんや、手をもって抜くをや」と。荘厳論しょうごんろんもまたその比丘草のためにばくせられ、戒を犯さんことを恐れ、挽絶ばんぜつを得ざるを述ぶ。ああ、穀菜もまたあに草にあらずや。いま、みかつ抜くことを得ず。しかしてまた、食ふを得とは、 これ何ぞ特操なき。いま、穀菜を食ふをゆるして、独り肉をしゃす。ああ、仏菩薩もまた、何ぞ偏頗へんぱなる。故に知る、仏の肉食を禁ずるは、意ここにあらざるを。また報応経ほうおうきょうに云く、七衆しちしゅう肉葷辛にくくんしんを食ひを得ず。病あればす」と。これ、あに病ありて食へば、則ち肉もまた父母たらざるが故にこれをゆるすとなさんや。これ不通の論なり。故に知る、仏の肉食を禁ずるは、意ここにあらざるを。楞伽に云く、「修行者をして慈心を生ぜざらしむるが故に、肉を食ふべからず。諸呪術をして成就せざらしむるが故に、肉を食ふべからず。令口気をしてくさからしむるが故に、肉を食ふべからず」と。また、この理あり。しかるに、仏の肉を戒むる者は、意もと殺生にあるなり。殺生を戒める者は、仁慈をやぶればなり。楞伽は、ここに出を知らず。いたづらに十七縁を説くはそもそもまた末なり。楞厳に云く。「まさに世間五種の辛菜を絶つべし。熟食じゅくじきせばいんを発し、生啖しょうだんせばを増す」と。仏は五辛をにくむ。これ真なり。

有宗うしゅう第十七

大論に云く、仏後百年、阿輸迦王あしゅかおう般闍于闍大会はんじょうしつだんえす、諸大法師、論議異なる故、別部の名字あり」と。これ大天乖諍だいてんかいそうのことを言ふ。これよりさき、仏法、一味和合して、いまだ異執いしゅうあらず。その始めて異執ある者は、実に仏後百十六年なり。その後二百年ないし四百年、おのおの分別して二十一部となり、五百年また五百部となる。これみな小乗、三藏の学者、をもって宗となせる者にして、この時いまだ大乗の言あらず。その始めて大乗の言ある者は、実に仏後五百年なり。

大論に云く、仏法、過五百歳を過ぎて後、おのおの分別して、五百部あり。これより以来、諸法決定を求むるをもっての故に、みづからその法に執して、仏、解脱のための故に法を説くを知らずして、堅く着語言ごごんに着す。故に、般若の諸法は華畢竟空なるを聞きて、刀の、心をやぶるがごとし」と。また、諸大乗経にいはゆる五百歳の語、みな見つべし。

しかして、律は則ち分れて五部となれり。大集経だいじつきょうの列する所、見つべし。曇無徳どんむとく<法密ほうみつ>・薩婆多さっぱた<一切有いっさいう>・迦葉遺かしょうゆい<数論すろん>・弥沙塞みしゃくそく<不著有無観ふじゃくうむかん>・婆蹉富羅ばさふら<犢子とくし>・摩訶僧祇まかそうぎ<大衆だいしゅ>、これなり。経に云く、「広博にあまねく五部の経書を覧る。魔訶僧祇と名づく」と。これ、いはゆる兼部。徧く五部を合わせて、これを兼合する者。大集の作者みづから命ずるなり。しかして後世これを知らず。誤って犢子律本とくしりっぽんをもって僧祇律本となせり。僧祇兼部は五部律をもって、その所学となす。あに、別に律本あらんや。法顕ほっけん将来の僧祇律は乃ち婆嗟富羅津にして、命ずるに僧祇をもってする者は、誤る。この誤は、もと遺教三昧経ゆいぎょうざんまいきょうに出づ。三昧経列する所、曇無屈多迦どんむくったか・薩婆多・迦葉遺・弥沙塞・魔訶僧祇、これなり。これ魔訶僧祇ありて婆嗟富羅なし。おもふに、後世矞宇けつうの徒、一時、大集を誤見して、これを綴緝ていじゅうすること、しかるのみ。かつその五部をもって、すでに仏世にありとなせる者も、またその妄、知るべし。またその文殊問経もんじゅうもんきょうおよび部執ぶしゅう宗輪しゅうりん・十八部の三論も、みな部執を列して、あるいは十八部となし、あるいは二十部となし、あるいは二十一部となす。その命名みょうめい・次序・年数もみな異あるがごとき、みな異部の名字にして、おのおの相伝の説、必ずしもその開会を求めずして、可なり。後世これを知らず、種種牽強けんきょうして、必ずこれを合はさんを求め、また、あるいは二十部をもって訳の失となせる者は、固なりと謂ふべし。また、その三蔵流伝、あるいは五部律について、十八部を分かつ者のごときも、また一部の所伝、その異を怪しまず。また、その五分律ごぶんりつ優婆毬多うばきくたの五弟子に出づとおもへる者のごときも、また恐らくは、必ずしもしかざらん。案ずるに、婆蹉富羅は乃ち犢子とくしなり。大論に云く、「仏在世の時、舎利弗仏語を解す。故に阿毘曇あびどんを作る。のち犢子道人とくしどうにんら読誦し、ないし、いま名づけて舎利弗阿毘曇となす」と。真諦しんだいもまた云く、「羅怙羅らごらはこれ舎利弗の弟子。可住子かじゅしはこれ羅怙羅の弟子、舎利弗阿毘曇を弘む。この部は可住子の弟子なり」と。これをもってこれを推すに、犢子はこれ舎利弗の流のみ。薩婆多さっぱたはこれ迦多衍尼子かたえにしの流。曇無徳どんむとくは、これ目連の弟子、真諦の説、徴すべし。弥沙塞みしゃくそく、有無に著せざるは、乃ち車匿しゃのくの流。迦葉遺かしょうゆいは、乃ち数論すろん。みな各別に当あり。これまた、いまだ信ずべからず。

空有くうう 第十八

空有の説久し。迦文の時、いまだこれあらざるなり。何ぞや。これ、実理に乏しければなり。その、これありとなせる者も、またこれに託するなり。小乗二十部は、みなをもって宗となし、大乗文殊もんじゅの徒は、般若はんにゃ/rt>を作りて、空をもって宗となし、深密じんみつ法鼓ほうく法華ほっけ氏の徒は、みな不空実相をもって宗となし、摩訶迦旃延まかかせんねんの徒は、則ち昆勒論を作りて、亦空亦有やくくうやくうをもって宗となし、車匿しゃのくの徒は、則ち離有無経りうむきょうを作りて、非空非有ひくうひうをもって宗となせり。この二宗は、漢に伝わらず。空有の説、けだしここに至りて極まる。その実みな実理に乏し。諸家互に無き所を言ひて、もってあい圧するのみ。大論に云く、悪口あっく車匿しゃのく、もし心に濡伏にゅうぶくせば、まさに那陀迦旃延経なだかせんねんきょうを教ふべし。即ち得道すべし」と。また云く、「摩訶迦旃延まかかせんねんは、仏在世の時、仏語を昆勒こんろくを作る。しん篋蔵きょうぞうと言ふ。乃ちいまに至って南天竺に伝ふ」と。また云く、「摩訶迦旃延まかかせんねん分別修多羅ぶんべつしゅたら第一」と。これをもってこれを観れば、けだし、また一部のさきがけなり。その漢に伝わらざるは、惜しむべし。大論にまた云く、「方広道人ほうこうどうにんも、また空をもって宗となす」と。見つべし。空有の説は、諸家これによるを。

しかるに、これみな実理に乏し。何をもってこれを実理に乏しと謂ふ。これを、儒家に性の説あるに譬ふ。世子せいし云く、「性に善あり悪あり」と。告子こくし云く、「性に善なく、不善なし」と。孟子もうし云く、「性は善なり」と。荀子じゅんし云く、「性は悪なり」と。楊子云く、「性は善悪混ず」と。韓子かんし云く、「性に三品さんぴんあり」と。蘇子そし云く、「性にいまだ善悪あらず」と。性、善悪の説は、けだしここに至りて極まる。しかるに、その実はみな空言なり。何ぞや。いやしくもその身において善をなさば、則ち可なり。また何ぞ性の善悪を択ばん。いやしくも、その心において悪なければ、則ち可なり。また何ぞ理の空有を察せん。いたづらにこの説をもって互相たがい喧豗けんかいする者は、ことみな無用に属す。故に曰く、その実、実理に乏しと。性あひ近し、習あひ遠し。これ真の孔子の説にして、性の善悪は、この時いまだこれあらざるなり。諸悪莫作しょあくまくさ衆善奉行しゅうぜんぶぎょう、みづからその意を浄む、これ諸仏の教へと。これ、真の迦文の教へにして、理の空有は、この時いまだこれあらざるなり。このこと、誠にあひ類す。もって譬ふるに足れり。

また案ずるに、般若空言はんにゃくうげん法華不空ほっけふくうとは、もとよりその帰を異にす。しかるに竜樹りゅうじゅは大論を作り、もって般若をして云く、「実般若波羅蜜は三世諸仏さんぜしょぶつの母と名づく。よく一切法実法いっさいほうじっぽうを示す」と。しかしてまた華厳を命ずるに不共般若ふぐうはんにゃをもってす。これは則ち異宗を合はす。その実、これを失せり。しかるにその中論を作りてもって八不はっぷを明らかにす。誠に法性ほっしょうの宗とする所、道法加上の極なり。法性は乃ち清弁しょうべんの始むる所、智光ちこうの述ぶる所、全く般若空言を宗とする者なり。三藏伝さんぞうでんに云く、「無着むじゃく、夜、 覩史陀天としたてんに升りて、慈氏じしの所において、瑜伽師地論ゆがしじろん荘厳大乗論しょうごんだいじょうろん中辺分別論ちゅうへんぶんべつろんを受け、昼は則ち天を下り、衆のために説法す」と。これ、そのことを高尚にして、しか云ふ。その実、喩伽・荘厳の諸論は、みな無著みづから造るところ、これを之慈氏に託するにあらざれば、則ち人信ぜざればなり。

呂子りょうしの博志篇に云く、孔丘墨翟、昼日は諷誦ふうしょうし、業を習い、夜は親しく文王・周公且を見て、問ふ」と。このことまたあひ類す。

その意は、全く法華・楞伽・深密を承けて、不空唯識ふくうゆいしきの理を述ぶ。これを名づけて法相宗となすも、またおのおの一家を立ててあひ争ふ者なり。礼師れいし云く、「並びにこれ有相うそう無相むそうと云ふ者は、これことごとく染礙ぜんげ太虚たいこの空にして、一物なきがごとくにあらず」と。岳師がくし云く、「無相・不相、小乗はなほ、太虚の生理しょうりなきがごとし、大乗はなほ明鏡の像をするがごとし」と。あるいは云く、「三千即ちくうちゅう」と。あるいは云く、「三千唯仮ゆいけ、何ぞ空・中と謂はん」と。弁争べんそう一ならず。要はみな六竜りくちゅうの舞のみ。余、かってこれを蔽して曰く、一家空を称すれば、実もみな空なりと謂ふ。一家不空を称すれば、これを棄てて空なし。その実、特に言を立てて、もってあいおうするのみと。その色具の可否を争う者も、またしかり。何となれば則ち、色を棄てて空なく、空を棄てて色なし。山川楼閣も、もと空中のもの、またこのものなければ、空もある所なし。これを空と謂ふも可なり。これを不空と謂ふも、可なり。空・不空はみな人の命ずる所、大道は泛焉はんえんたり。大論に云ふがごとく、無明むみょうの指のごとし。「また長、また短。中指を観れば則ち短、小指を観れば則ち長」と。長短は、みな実、有説・無説も、またかくのごとし。これ、もってこれを解くに足れりと。余、またかってこれを蔽して曰く、「空有の説久し。みな仏意にあらずして、みな理あり。仏意を妨げずと。仏は内外中間の言を説き、つひに即ち入定すぅ。時に五百の羅漢あり。おのおのこの言を釈す。仏出定の後、同じく世尊に問ふ、誰か仏意に当たると。仏言ふ、並びにわが意にあらずと。また仏にもうして言ふ、すでに仏意に当たらず。はた罪を得ることなからんやと。仏言ふ、わが意にあらずといへども、おのおの正理に順ふ。正教となすに堪えたり。福ありて罪なしと。このこと成実論に出づ。これ則ちこれに似たり。大論もまた云く、「問うて曰く、上の種種の人、般若波羅蜜を説く。いづれを実となすやと。答へて曰く、ある人言ふ、おのおの理あり。みなこれ実なりと。経に説くがごとし。五百の比丘、おのおの二辺および中道の義を説く。仏言ふ、みな理あり。これをもってこれを観れば、このこと、もと経説なり。しかるに知らず、これ何の経説ぞ。出定の義、実はここに出づ

南三北七 第十九

菩提留支ぼだいるし一音数いっとんぎょうを立つるや、その言に曰く、「如来一円音教いちえんのんぎょう、衆生はこんに随ひてを異にす」と。これ害なき者のごとく、しかり。しかるに、その「八年、法華を説き」、おのび「利根りこんの人、般若において法界に入る」等の語を見れば、また法華の文のために誤らるる者のみ。またたんおん二師は、ぜんとん二教を立て、光統律師こうずりっし三種教さんしゅぎょうを立て、大衍だいえん四宗教ししゅうぎょうを立て、護身ごしん五種教ごしゅきょうを立て、耆闍ぎしゃは六宗教を立て、南岳なんがく天台てんだいは四教を立て、びん法師は二教を立て、うん法師は四乗教しじょうきょうを立て、玄奘三蔵げんじょうさんぞうは三種教を立て、法蔵師ほうぞうしは五教を立つるがごとき、みな、その諸経、撰を異にして、おのおの払戻ふつれいするを難しとして、乃ち、この差異あるを致せるなり。そのもとは、みな法華年数の説に起こる。故に曰く、「古今の十大徳、みな法華に転ぜらる」と。このひなり。天台大師は法華真実の語を信じて、法華をもって経中一王となし、もってそのいはゆる四教を建つ。誠に衆教の選べるなり。また法蔵国師ほうぞうこくし華厳けごん二七託高にしちたくこうの説を信じて、華厳をもって経中の一王となせり。また一層を出でて、その宗旨を立つ、また誠に衆教の選べるなり。しかしてこの二家は、その諸蔵において合わざる者あれば、天台は則ち通別つうべつの言を立て、法蔵は則ち生熟しょうじゅくの言を立てて、もってこれが異を合わせ、誠に密如たる者のごとくしかり。けだし、天台のに云く「部帙ぶちつを定めず、但し二中、三乗ともに学ぶ者を通となし、ただ菩薩のためにして二乗を聞かざるを、別となす」と。いま就いてこれを求むるに、わが説をもってすれば、則ちみな錯然たり。また、何ぞ通別のを用ひん。

いまかつ試みにこれを挙ぐるに、大品だいぼん十地じゅうじある者は、これ別に名を立てて、もって三乗を語るも、もって通を語るにあらず。三獣河を渡るは、是合徳王品とくおうほん獅子吼品ししくほんとを合わせて、もってこれを立つるも、もとこの義あるにあらず。仏、実相に三種ありと説く。声聞法しょうもんぼう・大乗・辟支仏びしゃくぶつ<中論観法品かんぽうかん>は、これ、ただ四諦・十二因縁・六度を言ふ。また別にこの説あるにあらず。大品に云く、「十地は仏のごとし」と。楞伽に云く、「遠行おんぎょう善慧ぜんね法雲地ほううんじは、これ仏種性、余はことごとく二乗種性」と。華厳・仁王は、かへって菩薩のこととなすも、また異部の名字しかり。何ぞ必ずしも和会わえせん。これをもってこれを解けば、われその有塞うそくを見るなり。また法蔵の解に云く、「衆生の根性、不定ふじょう」と。あるいは、「仏は始終ただ小乗を説く」と見、あるいは、「仏、はじめ小乗を説きのち大乗に転ず」と見、あるいは「仏、はじめ小乗を説き、なかに空教を説き、のち不空を説く」と見、あるいは、「言説の教へは、なほ究竟くきょうにあらず。仏、初後は一字も説かず」と見、あるいは、「仏は終始ただ三乗を説く」と見、あるいは、「三乗の法は、みな一乗教によりて起る」と見る」と。もって、これをその、いはゆる華厳別教べっきょうなる者に属せり。また、むを得ざるの説なり。

余をもって試みにこれを論ずるに、また何ぞ、もって衆教を概して説をなすに足らん。これ、その説、衆生の根性不定なるが故に、仏の所説は則ち同じうして、所見は異なるとおもへり。しかるに、その所説は則ち同じうして、所見は異なるとは、これ幺麼ようまの事物、一二の疑似の際にありては、もとよりまさにしかるべし。そのはじめ小乗を説き、のちに大乗に転じ、なかに空教を説き、にちに不空を説く等は、乃ち世尊如来の転法輪、天下の大事、これより大となるはなうして、きま諸弟子、同じく聴席にありて、その見聞を誤る者は、誠に怪しむべし。もしあるいは謂ひて、衆生の根性不定なるが故に、仏ために法を説くも、また差別ありと云ふは、なほ、これ可なり。また、ここに出づるを知らずして、いたづらに云云うんぬんする者は、その惑を見るなり。かつ、その三乗の根性定まるとは、仏、はじめより即ち三乗を説くと見ると云ふ者、もっとも説をなし難し。これ一人に約してこれを説くとなさば、無量の衆生は羅漢果らかんかを得ず。また、多人に約してこれを説くとなさば、もとより小乗者と異ならず。その実、ここに至りて窮す。古人すでにこれを論ぜり。何にかいはんや、前後差別しゃべつ、また絶えてかくのごとくならざるをや。

禅家ぜんけ祖承 第二十

迦葉かしょう一・阿難あなん二・商那和修しょうなわしゅ三・末田地までんち四・麴多きくた五・提多迦だいたか六・弥遮迦みしゃか七・難提なんだい八・密多みつた九・脇比丘きょうびく十・夜奢やしゃ十一・馬鳴めみょう十二・摩羅まら十三・竜樹りゅうじゅ十四・提婆だいば十五・羅睺らご十六・僧佉そうぎゃ十七・耶舎やしゃ十八・鳩摩羅くまら十九・闍夜多じゃやた廿・槃駄ばんだ廿一・摩拏羅まぬら廿二・鶴勒那かくろくな廿三・師子しし廿四、これ付法蔵経ふほうぞうきょうに載する所の次序なり。迦葉一・阿難二・優波多掬多うばきくた三・尸羅難陀しらなんだ四・青蓮華眼しょうれんげげん五・牛口ごく六・宝天ほうでん七・馬鳴八・竜樹九、これ、摩耶経まやきょうに載する所の次序なり。迦葉一・阿難二・末田地三・舎那婆私しゃなばし四・優婆笈多うばきくた五、これ舎利弗問経しゃりほつもんきょうに載する所の次序なり。また、禅経もまた九人を載せて、名は同じからず。第八を達磨多羅だるまたら、第九を般若密多はんにゃみったとなす。しかして僧裕の三藏記には、伝律の祖承を載せ、第五十三人はまた達磨多羅たり。これみな異部相伝の説、信を取るに足らざる者なり。唐の僧智矩ちこ宝林伝ほうりんでんを作りて、いはゆる二十八祖を載す。迦葉一・阿難二・商那和修三・優波毱多四・提多迦五・弥遮迦六・婆須密ばすみつ七・仏陀難提ぶつだなんだい八・伏駄密多ふくだみった九・きょう十・富那夜奢ふるやしゃ十一・馬鳴十二・迦毘摩羅かびまら十三・竜樹十四・迦那提婆かなだいば十五・羅睺羅多らごらた十六・僧伽難提そうぎゃなんだい十七・伽耶舎多がやしゃた十八・鳩摩羅多くまらた十九・闍夜多廿・婆修盤頭ばすばんず廿一・摩拏羅廿二・鶴勒那廿三・獅子廿四・婆舎斯他ばしゃした廿五・不如密多ふにょみった廿六・般若多羅はんにゃたら廿七・菩提達磨ぼだいだるま廿八、これその次序なり。しかるにこれ契経にいまだ経見せざる所、古人、あるいは謂ひてもって智矩の偽作となす。婆舎斯多・不如密多は、みな他処に出だす所、いはゆる帽を買ひ頭を相する者。達磨多羅・般若密多は、ただ老胡ろうこの知るを許して、老胡のするを許さず。また極めて顢預ばんかんとなすと。要するに、また異部に伝ふる所の説にして、いまだ信を取るに足らざるなり。

しかるに、法をもってこれを言ふに、心は則ちわが心なり。法は則ちわが法なり。わが心をもってわが法を証す。何ぞかの祖承を用ひん。おのれみづから七仏たりといへども、たれかまたこれを咎めん。しかるに天下滔滔とうとうとしてその祖承を誇る者は、みなこれなり。われをもって菩提達磨を観るに、決して、その、人にてらふに祖承に誇る者の徒にあらず。そののちも、また云ふ、「われ法のために来る。衣のために来るにあらず」と。この徒といへども、また決してその徒にあらず。禅家、祖承を制する者は、あに後世、知矩にはじまるにあらざること、なからんや。後世、儒氏もまたこれを知らず。おのれ独りこれなきをぢて、乃ち云く、「ぎょうは、これをもってこれをしゅんに伝え、舜はこれをもってこれをに伝え、もって孔子・孟軻もうかに至る」と。これ、その道統の伝、出づる所、笑ふべし。独り菅為長かんいちょう円爾えんにに答へざるは、一黙雷轟くと謂ひつべし。また奇ならずや。

われ、これを林氏中甫に聞く。曰く、「達磨の支那に入る者は、その意は、けだし謂ふに、竺土の仏法、すでに像季ぞうきに属して、事みな萎爾いじとして、またともに語るべき者なし。これ支那は絶遠にして、教法いまだ及ばず、事なほ草昧そうまいに属す。よろしくこの時において、誘ふにわが道をもってすべし。直示じきじの旨、また了解する者あるべし、と。乃ちその意を決して来れるなり。しかるに、そのはじめてりょう武帝ぶていを見るや、乃ち問ふに、功徳および朕と対するをもってす。ここにおいて、磨、乃ちおもふ、またわが竺土の仏法のごとしと。帝、はざるにあらず、乃ち磨のはざりしのみ。すなわち払衣して去り、少林において九年壁観してもって終ふ。その人あるいは云く、「振かつ機熟す」と。これ、大いにしからず」と。基をもってこれを観るに、これあるいはしからん。その帝に言ひて、帝、はず。ついに人のために毒されて、死す。これ何ぞ、その機熟すとなせるにあらん。分明に、これ後徒の飾辞なり。ああ、達磨、その道法のために、遠く遼絶りょうぜつの地に入り、もってこれをひろめんと欲するに、その言至って高く、また、人の信受する者なくして、つひに極悪闡提せんだい小人の手に死す。われ達磨をもって天下古今一人可憐かれんの者となせるなり。しかるに、後来その道大いに興こり、天下の衲僧のうそう跳不出なるに、泥裡ないり土塊を洗ひて、直ちに迦文かもんとあひ抗衡こうこうするに至る。またもとよりその所なり。その徒の、いはゆる機熟すとは、これをもってしか云ふ。しかるに、もってこれをそのは初に命ずる者は、非なり。われ達磨をもって天下古今一人可憐の者となせるなり。

林氏中甫、名は師良、先子の友なり。いま現在す。

曼荼羅氏 第二十一

曼荼羅氏、字輪を持するは、もと大品に出づ。華厳も、またこれによる。所説、ともに四十二字なり。涅槃ねはん文殊問もんじゅもん金剛頂こんごうちょうも、これによる。これは則ち五十字にして、大日経だいにちきょうは則ち四十九字なり。その義、あるいは同じく、あるいは異なる。また、異部の名字、しかり。曼荼羅氏云く、「般若・華厳は所説末なり。涅槃はこれ本母ほんもといへども、ただ浅略の義を説く」と。これ曼荼羅氏みづから重んじて、しか云ふ。曼荼羅氏は、全く字輪をもって専門とす。故に字輪の説は、つひに曼荼羅氏の有となれり。その実は、もと大品に出でて、諸部みなあり。その、阿字をもって一切の種子となせる者は、一なり。何ぞや、みな、これを本不生に託すればなり。また、守護経は ॐ おん字をもって、為一切陀羅尼の首となせる者は、また曼荼羅氏の一部、必ずしも和会せずして、可なり。

また胎蔵・金剛両部の曼荼羅のごとき、おのおの、その次序方面を異にす。また異部の執しかり。胎蔵現図たいぞうげんずは、善無畏ぜんむい金粟塔こんぞくとう下において写す所。金剛現図こんごうげんずは、竜猛りゅうみょうが開塔の時現ずる所。またおのおのその伝承を張りて、しか云ふ。後世の学者これを合はする者は、非なり。また案ずるに、竜猛が鉄塔中に得る所の者は、金剛頂経なり。ことは不空の義訣ぎけつに見ゆ。後世の学者は、崇奉の至り。大日経をあわせて塔中の蔵となせる者は、非なり。また案ずるに、毘盧遮那びるしゃなの号は、華厳に出ず。もと仏を讃するの言。合はすに大日もってする者は、曼荼羅氏の新意なり。また桉ずるに、秘密の名は、もと法を讃するの言。宗は毘尼びにをもって秘蔵となし、法華に如来秘密神通之力、涅槃に秘密の蔵如来の密語あqり。またおのおの珍愛するの言。大日経に云て、勝上大乗しょうじょうだいじょうの句、心続生しんぞくしょうの相は、諸仏の大秘密なり」と。諸部、みな秘密ありて、独り秘密をもって宗となせる者は、曼荼羅氏なり。他をもって小密となし、大密みづからをる者は、曼荼羅氏の専門なり。また案ずるに、竜猛りゅうみょう竜智りゅうち不空ふくう慧果けいかと、これその相承の次序、所経わづかに五、六世にして、その年紀は則ち千有余年なり。けだしその説に云く、「玄奘げんじょう法師は、竜智を南印磔迦たくか菴羅あんら林中に見る。時に年七百余歳。弘法大師入唐の時、なほ現在せり」と。これはなはだ奇怪。あに託する所あるか。しかりといへども、天地の際、何事かあらざらん。また、何ぞその相承の少なうして、年紀の多きを怪しまんや。救世の大菩薩は寿量久遠、天地とともに終始すといへども、また可なり、また何ぞ、その七百余歳を怪しまん。

また案ずるに、曼荼羅氏の業はまったく観相禁呪かんそうきんじゅにあり。竺土の風を存する者は、ただ曼荼羅氏のみ。漢、つとにその伝を失し、この方、独りこれを伝ふ。また奇ならずや。その人云く、「大日本国と。しかること、あることなくんば、則ちまた、しかることあることなからん。また案ずるに、楼閣経ろうかくきょうに云く、真言はこれ諸仏の母、成仏じょうぶつ種子しゅうじ、もし真言なければ、ついに無上正覚むじょうしょうかくをなすことあたはず」と。また、「三藏経さんぞうきょうも、ことごとく陀羅尼より出づる所」と。大乗荘厳宝王経だいじょうそうごんほうおうきょうに云く、「諸仏もまた神呪じんじゅうを求む。何にかいわんや、凡夫にして持誦じじゅせざらんや」と。六度経ろくどきょうに云く、「契経かいきょうにゅうのごとく、調伏じょうぶくらくのごとく、対法たいほう生蘇しょうそのごとく、般若熟蘇じゅくそのごとく、 摠持門そうじもん醍醐だいごのごとし」と。十住論じゅうじゅうろんに云く、「六度をもって自力となすも、その巧遅し。念仏等を他力となすに、その巧はやし。真言中には、ひそかに自他二力を具す」と。これみな曼荼羅氏の自重の説なり。

外道げどう 第二十二

外道の数は、けだし九十六なり。大論に云く、「九十六種の外道、一時に和合して仏とともに諍議そうぎせんとほっす。薩婆多律さつぱたりつに云く、「外道の六師は、おのおの十五種を出だす。合はせて九十六」と。これなり。大集経だいじつきょうは則ち云く、「三宝中において、心、敬信を得るは、一切九十五道に勝る」と。分別功徳論ぶんべつくどくろんもまた云く、「九十六道の中、仏道、もってその最となす」と。これ仏を合わせて九十六となすも、また異部の言しかり。楞伽経りょうがきょうにまた百八部の邪見あり。その目、ともにつまびらかならず。、富楼那迦葉ふらなかしょう末伽黎拘賖梨子まつかりくしゃりし刪闍夜毘羅胝子さんじゃやびらていし阿耆多翅舎欽婆羅あじたきしゃこんばら迦羅鳩駄迦旃延からくだかせんねん尼犍陀若提子にけんだしゃくだいし、これ維摩経に載せる所の外道六師なり。自餓じが投淵とうえん赴火ふか自坐じざ寂黙じゃくもく牛狗ごく、これ、涅槃経の載する所の六苦行の外道なり。我者がしゃ衆者しゅしゃ寿者じゅしゃ命者みょうじゃ生者しょうじゃ養者ようしゃ衆数者しゅじゅしゃ人者にんじゃ知者ちしゃ見者けんじゃ作者さしゃ使作者しさしゃ起者きしゃ使起者しきしゃ受者じゅしゃ使受者しじゅしゃ、これ大論に載する所の十六知見なり。因中有果いんちゅううか論・従縁顕了じゅうえんけんりょう論・去来実有論こらいじつう計我実有けがじつう論・諸法皆常しょほうかいじょう論・諸因宿作しょいんしゅくさ論・自在等因じざいとういん論・害為正法がいいしょうぼう論・諸法辺無辺等しょほうむへんへんとう論・不死矯乱ふしきょうらん論・諸法無因しょほうむいん論・七事断滅しちじだんめつ論・因果皆空いんがかいくう論・妄計最勝もうけさいしょう論・妄計清浄もうけしょうじょう論・妄計吉もうけきち論、これ、楞伽論に載する所の十六異論なり。地等じとうの変化・楞伽我ゆかが建立浄こんりつじょう不建立無浄ふこんりゅうむじょう自在天じざいてん流出るしゅつ・時・尊貴そんき自然じねん内我ないが人量 にんりょう遍厳へんごん寿者じゅしゃ補特伽羅ふどぎゃらしき阿頼耶あらや知者ちしゃ見者けんしゃ能執のうしゅう所執しょしゅう内知ないち外知げち社怛梵しゃたっぽん若摩奴闍にやまぬじゃ摩納婆まなば常定生じょうじょうしょうしょう非声ひしょう、これ、大日経に載する所の三十種外道なり。小乗外道論師しょうじょうげどうろんじ方論師ほうろんじ風仙ふうせん韋陀いだ伊賖那いしゃな倮形らぎょう毘世びせ苦行くぎょう女人眷属にょにんけんぞく行苦行ぎょうくぎょう浄眼じょうげん魔陀羅まだら尼犍にけん僧佉そうぎゃ魔醯首羅まけいしゅら無因むいん・時・服水ふくすい口力くりき本生安茶ほんしょうあんた・これ、外道小乗涅槃論げどうしょうじょうねはんろんの載する所の二十種小乗外道なり。これ、みなその梗概にして、いまだ九十六の数をうずむるにおよばざるなり。その、いはゆる四囲陀しいだ典の経書は伝はらず。その人も、また漢に入らず。その説の是と非と、いま、あに得てこれを詳らかにせんや。

法顕ほっけんの伝に云く、「この中国に、九十六種の外道あり。みな知る今世おのおの徒衆あるを。また、みな食を乞ふ。ただし鉢を持せず」と。また云く、「調達ちょうだつも、また衆のあるあり。過去の三仏を供養す。ただ釈迦文仏のみを供養せず」と。また云く、「羯羅拏からぬ国は邪正かねつかふ、別に三寺あり。乳酪を食はず。これ、調達部の僧なり」と。これ見つべし、外道も、また伝へてのちに至るを。もし外道にして仏の所言のごとくならば、則ちその伝へてのちに至るも、また、ここに至らんや。迦毘羅かびら外道は、金七十論きんしちじゅうろんを造り、立二十五諦を立つ。その書、今に具存す。また一家言を立つる者、傑なりと謂ひつべし。秦の時、獅子国の婆羅門、その書を駄して関中に至り、弁論を乞ふ。釈子道融しゃくしどうゆう、方便をもってこれを伏して、しかしてその道む。惜しいかな。その説、いかん。いま、あに必ず、その説の不是を保せんや。唐の時、波斯国はしこく蘇魯支そろし末尼大祅教まにだいけんきょうを伝へ、払多誕ふったたん、二宗教を伝ふる者、これ、その矞宇けつうなる者なり。その矞宇なる者をもって、その他を概せば、不可の甚だしきなり。

しかるに、いま以仏書に言ふ所をもって、これを推すに、外道の帰は、けだし生天に過ぎずして、その行も、また苦楽二行を出でず。曰く大梵天だいぼんてんはよく万物を生ずるもとなり。これに違へば、則ち生死しょうじを受く。これにしたがへば、則ち解脱を得」と。曰く、「夢想天は真実の涅槃なり、夢想定むそうじょうを修め、ここに生まる」と。曰く、「五浄居ごじょうきょ魔鶏首羅まけいしゅら天王処にあり。これを造化ぞうげのもととなす。これに帰すれば、則ち解脱を得」と。これその生天を説く者のためなり。また、天竜八部および水・火等はみな外道のつかふる所。普門品ふもんぼんに云ふ、「応以天・竜・夜叉・乾闥󠄂婆けんだっぱ・阿修羅・迦楼羅かるら・緊那羅きんなら・睺羅伽まごらが・人・非人等の身をもって得度すべき者は、即ちみなこれを現じて、ために法を説く」。および迦葉、火竜につかふるがごとき、みな見つべし。大論また外道のぎょうを述べて云く、「灰をもって身に塗り、躶形らぎょう恥づるなく、人の髑髏どくろをもって糞を盛りて食ひ、頭髪を抜きて上に臥し、倒懸して鼻をくすべ、冬は則ち水に入り、夏は則ち火炙かしゃす。果菜・草根・牛屎ごし稊稗ていはい水衣すいえ、を食ひ、一月ないし二月に一食し、あるいは風をひ、水を飲む」と。けだし主意行作ぎょうさも、またかくのごときに過ぎず。

ここにおいて迦文は乃ち、これが一層を出て、斥するに生死をもってして曰く、「上の二界は、死時・退時、大懊悩だいおうのうを生じて、下界より甚し。譬へば極処より堕してくだけて砕爛さいらんするがごとし」と<大論>。また、その大梵だいぼんをもって逝官せいぐうとなし、自在天王を邪魔となし、および諸天勧請を説くがごとき、その実、みなこれを破るの説。故に大論に云く、「外道は梵天につかふ。梵天みづから請へば、則ち外道心伏す」と。また云く、「衆生は常に梵天をる。もって祖父となせるが故に。故に梵天を説く」と。これなり。また、その六年、苦行に従ふ者のごとき、またもって、外道の心を伏するなり。故に大論に云く、「譬へば釈迦牟尼仏のごとし。みづからもし、まづ六年苦行を行わずして、非道と呵言せば、人の信受するなし。故にみづから苦行を行なひ、余人に過ぐ」と。西域記にもまた云く、「太子、至理を思惟し、苦行外道を伏せんがために、麻米ままいを節し、もって身を支えること六年」と。これなり。因果経は則ち云く、「太子みづから念じ言ふ。われいま苦行を修して六年に満つるになんなんとす。もし、羸身るいじんをもって道を取らば、まさに言ふべし。自餓じがはこれ涅槃因と。まさに食を受けて、しかしてのち道をなすべし」と。これ見つべし。迦文、苦楽の二行を行ふ者は、もって外道の心を伏するなり。しかしてそのいわゆる中道をを説く者は、またこれが一層を出づるなり。中含に云く、「二種の行あり。五欲と苦行と。この二辺を離る。これを中道と名づく」と。これなり。

また案ずるに、道家に有西昇化胡さいしょうけこの経あり。老子、西のかた関を出で、胡俗を化して、仏をもって侍者となす等のことを言ふ。これ論 なし。その意は全く在上仏氏に上するにありて、偽造せるなり。しかるに老子、西のかた胡に入りて、その教へをひろめし者は、則ちけだしこれあらん。史記、老子の伝に云く、「西のかた関に至り書を著はして去る。その所終を知ることなし。漢書かんじょ襄󠄂楷じょうかいの伝に云く、「老子、夷狄いてきに入りて、浮屠ふとの教へをなす」と。事、説蔽せつへいに詳らかなり。これをもってこれを推すに、おもうふに、老子もまた外道の中の一なり。自然外道じねんげどうとはあにこれか、またあに仏をもって、侍者となせるにあらざることなからんや。

仏出朝代 第二十三

仏出の朝代、年紀沓邈ようばく尼羅蔽荼にらへいだもまた、これを伝ふることなく、諸説、けだし紛紛如ふんぷんじょたり。西域記に云く、「仏涅槃より、諸部異議あり」と。あるいは云く、すでに九百を過ぎ、いまだ千年に満たず。<たんおう王の時に当たる>。あるいは云く、一千二百余年<霊王れいおうの時に当たる>。あるいは云く、一千三百余年と<恵王けいおう>。あるいは云く、一千五百余年と<平王へいおう>、鷲嶺聖賢録じゅりょうしょうけんろくに云く、「仏生の時を説くに、およそ八別あり。一、夏傑かけつの時。二、商末武乙しょうまつぶいつ時<法顕の議>、三、西周昭王せいしゅうしょうおうの時<法本内伝ほうほんないでん>。四、穆王ぼくおうの時、五、東周平王とうしゅうへいおうの時<王玄策おうげんさく>、六、桓王かんおうの時<道安どうあん>、七、荘王そうおうの時<王簡栖おうかんせい>、八、貞定王ていていおう二年甲戌きのえいぬ<趙伯休ちょうかくきゅう衆聖点記しゅうしょうてんき>、基をもってこれを観るに、諸説すでに依憑えひょうなく、みないまだ信ずべからず。ただし、趙伯休の衆聖点記は、もって徴するに足れり。これ、あるいはその真ならん。

隠士趙伯休は、廬山ろざんにおいて律師弘度ぐとに遇うて、衆聖点記を得たり。云く、「仏滅後、優婆離うぱりが律蔵を結集する。その年の七月十五日をもって自恣じしおわり、於律蔵の前において、便ち一点を下す。その年おぴょそ九百七十五点を得たり。伯休問ひて曰く、「永明七年ののち、いかんぞ点せざる」と。度の曰く、「已前はみな得道の人、手みづから点を下す。わが徒凡夫、ただ奉持ぶじすべきのみ」と。伯休、点記によりて、推して大同のはじめに至る。およそ一千二十年」と。これ独り依憑あり。もって証となすべし。かつまた、大抵仏氏の意は、みな迦文の出、孔老二子に先なるを欲す。しかして、これかへって、これに後るること幾百年、ますますもって、これ信ずるに足れ。冢墓因縁経ちゅもいんねんぎょうに云く、「閻浮提えんぶだいのうち、振旦しんたん国あり。われ三聖を遣はしてうちにあらしむ。人民を化導す」と。清浄法行経しょうじょうほうぎょうきょうに云く、「光浄こうじょう菩薩は、かしこに孔子と称す。迦葉かしょう菩薩はかしこに老子と称す。月光がっこう菩薩はかしこに顔回がんかいと称す。

本起経ほんぎぎょうは、則ち云く、「末法一万年、月光菩薩出振旦しんたん国に出でて、説法五十二年」と。合はず。これ、あるいはその本説 か。

これみな漢土の頗類はるい、仮託する所。りゅう学士の平心録へいしんろくに、これをそしる者は、得たり。

これもと法琳ほうりん破邪論はじゃろんに出づ。劉は引きてもってこれを非る。意ふに、この諸経はみな法琳以後の仮託ならん。

われ、独り趙伯休の点記をもって正となす。また、その周書異記しゅうしょいきに載する所の蘇由そゆう扈多こたの問答の数事の者のごとき、みな不経ふきょう造言ぞうげん懸空けんくうに出だす所。みな証するに足らず。あるいは云く、「周書に書せざるは、異を避くるなり」と。<輔数ぶきょう>、笑ふべし。独りその室利房の来りて秦皇しんこうを化する者は、これ影似あり。史記の五行志に云く、「秦皇廿六年、大人あり、け五丈、みな夷狄の服、およそ十二人、臨洮りんとうに見ゆ」と。これ、他なし。,ruby>長狄喬如ちょうてききょうじょ鴻池送璧こうちそうへきの類のみ。しかして云く、「十八異僧、秦にく」と<輔数>。また、笑ふべし。また、烈子に孔子の語を載す。云く、「西方に聖人あり、仏と曰ふ」と。いま伝うる所の列子は、これ唐後の人、他書を綴緝ていじゅうして作る所、別に考あり。故に、法苑珠林ほうおんじゅりんに、また周書異記をもってこれを引く。見つべし。これ、これを取るのみ。また、いま「曰仏」の二字なし。けだし作者忌んでこれを省けり。およそかくのごときの類、 甚だ多し。みな取るに足らず。また按ずるに、漢書かんじょ霍去病かつきょへいの伝に、休屠きゅうとの天を祭る金人を収む」と。顔師古がんしこ云く、「いまの仏像、これなり」と。仏氏、多く引きて、もって仏の漢に入ること、実に明帝に先だつを証す。しかるに、これ筏蘇盤豆ばすばんずの像のみ。仏像にはあらず。法盈記ほうようきに云く、「竺土じゅくど自在天をまつる。黄金を身となし、頗梨はりを眼となす。この天像を号して、筏蘇盤豆となす」と。これなり。

三教 第二十四

三教の争ひあること久し。これ、何をか争ふや。儒はその名数を守り、道はその衛生を修め、仏はその生死を離る。またおのおのその言を立てて、もって道を説く者なり。いま、こころみにこれを蔽するに、儒の淫する所の者は文、仏の淫する所の者は幻にして、しかして、道の、天をもって宗となし、あるいは海外に神仙の居ありと謂ふも、また幻をもって進む者にして、乃ち竺土外道の類なり。その称道も、また最も汚下、もとより儒仏の列にあらず。その経説もまたみなのちに出づ。西昇化胡さいしょうけこ・三十六天・大羅天帝だいらてんていの居も、要するにみな幻にして、仏に加上する者なり。この方、伝わらず。いま論ぜざる所。静斉劉学士せいさいりゅうがくし平心録へいしんろくを作りて三教を論ず。余、執りてこれを読むに、全く幻をもってのその優劣を定む。また、ある人、三教の優劣を李士謙りしけんに問ふ。曰く、「仏は日なり。道は月なり。儒は星なり」と。時をもって至論となす。しかるに、これその実は当たる所なし。われ、何の意なるかを解せず。何ぞその至論たるにあらん。これ、みな小輩、何ぞ大道を知らん。

ある人、仏を竜門王子りょうもんおうじに問ふ。曰く「聖人なり」と。「その教へいかん」と。曰く、「西方の教へなり。中国は則ち泥す」と。これ、これを得たり。その、中国は則ち、泥する者は何ぞ。貴ぶ所、幻にあればなり。ある人、儒を余に問ふ。曰く、「聖人なり」と。「その教へいかん」と。曰く、「西方の教へなり。この方は則ち泥す」と。この方は則ち泥する者は、何ぞ。、貴ぶ所、文にあればなり。それ言に物あり。道、これがため分かる。国に俗あり。道、これがために異なり。儒の教へは、かつ、この方にありては則ち泥す。何にか言わんや、仏の教へ、西方の西方にあるをや、故に仏の淫する所は幻にあり。儒の淫する所は文にあり。これを捨てて則ち道にちかし。むかし何承天<かしょうてん/rt>達生論たっしょうろんを作りて、仏道をそしる。顔延之がんえんしまた書を作りてこれをくじく。また僧慧琳りえんびゃっこくろんを著はして、宋詆そうへいはこれを難ず。これ儒仏の争なり。趙宋ちょうそうの時に至りて、欧陽修おうようしゅうは本論を作りて、石守道せきしゅどうは怪説を作り、胡寅こいん崇正弁すうせいべんを作り、みな仏氏を攘斥す。時に明教大師契嵩みょうこうだいしかいすうあり。輔教編ぶきょうへんを作りてこれに答ふ。また儒仏の争ひなり。われ、執りてこれを読むに、要するに、またその幻と文とを争ふに過ぎず。

明教の言に云く、「仏の道は、何ぞ天下国家を外にせん。ただその所出は、吏よりしてこれを張らず。また化の理なり。隠れて見難し。故に、世は得てことごとく信ぜず」と。また云く、「仏は神道をもって教へを設け、その内を感ず」と。これその隠れて見難しと云ひ、神道はその内を感ずと云ふ者は、みな因果報応の理を言ふのみ。これ、いはゆる幻にして、仏の真にはあらざるなり。明教はこれを知らず。惜しむべし。かつ、仏はこれ婆羅門の一種、民の教えをつかさどる者、儒に云ふ司徒郷の儒師のごとし。国家天下は、乃ち刹刹せつり王種の治る所、竺土の俗しかり。明教は、いま何外の言をなす。これその俗に幷せて知らざる者、また惜しむべし。

明教は、また調停の説を作りて云く、「十善五戒は、いはゆる五常仁義と一体なり。聖人、教へをなすや不同にして、善をなせるは同じ。天下の教化は、善のみ。仏の善は善にあらずや。しかして諸君は必ずこれを排す。われ、諸君が公をなしてきょうをなさざらんを欲す。聖人の教へは、善のみ。それ聖人の道は、正のみ。必ずしも僧ならず。必ずしも儒ならず。僧儒はあとなり。古へ聖人あり。曰く仏。曰く老。曰く儒。その心は則ち一。その迹は則ち異なり。それ一とは、それみな人の善をなすを欲する者なり。異なる者は、家を分ちておのおのその教へをなす者なり。天下に儒なかるべからず。老なかるべからず。仏なかるべからず。一教をけば、則ち天下の一善道を損ず。一善道を損ずれば、則ち天下の悪、多きを加ふ。われおもふ、三教は、乃ちあひたすけて、世を善くするなり。ともに冥数の自然にあり。人は、得てすなわち見るべからず」と。これ、その意におもふ。三教はみな善道。一を欠いて一善を失す。これ乃ち冥数の自然と。ああ、また何ぞ愚かなる。もし、善をもってこれを概せば、何ぞ三教に限らん。数十の外道、数十の異端、あにみな善にあらずや。その心は則ち一、その迹は則ち異。独り、その人をして、マドふことあらしむる者を、いかん。これ思ふべし。儒の人に教ふるは善にあり。仏の人に教ふるは善にあり。その、人に教ふること、善にある者は、則ち一なり。独り、その人をして、幻と文に淫することあらしむる者を、いかん。ああ、またこれ思ふべきのみ。

宋の真宗も、またかって王旦おうたんに謂ひて曰く、「三教の設くる、その旨一なり。大氐みな、人に勧めて善をなさしむ。ただ識達の士のみ、よくこれを一貫するも、滞情偏執たいじょうへんしゅう、道においてますます遠し」と。これ、また調停の説、要するに言うに足らず。不足石門慧洪せきもんえこうが謁明教の塔に謁するの詩に、また云く、「わが道を孔子に比すれば、譬へば掌と拳のごとし。展握てんあくもと異あり。これを要するに、手は則ちしかり」と。これ、また明教を信じてしか云う。すべて知らず、幻と文とは、実に胡越こえつの異あるを。

明教は、また張載ちょうさい二程にていの諸儒に復性の説あるを見て、乃ちもっておもふ、「これ、唐の李翺復性書に異に出づ。復性は薬山惟巗やくさんいげんに出づ。これ諸儒の説は、もと仏氏と異なるなし」と。いまその復性書なる者を閲するに、その言に曰く、「情作らざれば、性ここにぶ。おもんぱからずおもはざれば、情は則ち生ぜず。情すでに生ぜず。乃ち正思となす」と。これ、情をもって悪に属し、情の生ぜざるを、復性となす。乃ち禅那の末説なり。張・程の意すべてしからず。張・程の意は、もとより情をもって悪に属せず。また、もとより情の生ぜざるを欲せず。性、本然に復して、情はよりて善なり。これを名づけて復性となすなり。名教はその文の同じきにげんして、もって異なるなしとなせる者は、非なり。近世、伊藤仁斉のごときも、またもってしかりとなす。ただ仏氏のみならず、儒もまた文にくらし。

明教はまた云く、「韓子は、仏法独り盛んなるをもって、時俗の奉ずるに方をもってせざるをにくみ、書をもってこれをおさふといへども、その道本に至りては、韓もまたすこぶるこれを推す」と。屏山へいざんもまた云く、「劉・張・呂・朱は、みな近代の偉人なり。生死を夢幻にし、富貴を塵垢じんこうにし、みな聖人を学んで、いまだ至らざる者。その仏老を論ずるや、実を与へて文を与へず、陽にしりぞけて陰に助く。けだし微意の存するあり」と。これ実に騙局へんきょくの手段、竺土幻変の習、みな法を法華氏に取る者のみ。もし、韓および劉らにしてしからば、則ちこれ穿窬せんゆの盗のみ。何をもって儒となさん。韓の与大顚だいてんに与ふる三書は、載せて本集にあり。また僧伽そうぎゃの仮託にして、蘇軾そしょくの、これを論ずるを得たり。孟簡もうかんに与ふる者、乃ちその真なり。明教また云く、「いたづらに布施報応を張りて、もって人に衣食す。先生の門は徳義を論じて而計工力くりきを計るを知るか」と。また云く、「道をもって恩を報じ、徳をもって徳を嗣ふ。不めとらずといへどももって父母をたすく。形をそこなふといへども、もって親をすくふ。秦伯たいはくは、あに形をかずや。伯夷はくい叔斉しゅくせいは、あに娶ずして、長く往けるならずや」と。この二云は、明教の言、はなはだかくたり。儒固の、あるいはもって仏氏をなやます者は、非なり。われ儒の子にあらず。道の子にあらず。また仏の子にあらず。かたわらその云為うんいを観て、かつひそかにこれを論ずること、しかり。

雑 第二十五

法華経の序品に云く、「もろもろの菩薩のために大乗経を説く。無量義むりょうぎ教菩薩法きょうぼさつほう仏所護念ぶっしょごねんと名づく、仏、この経を説きおわりて、結迦趺坐けっかふざし、無量義処三昧むりょうぎしょざんまいに入りて、身心不動しんじんふどう」と。この文、すでに説きおわるとなすなり。しかして下にまた云く、「今日、如来まさに大乗経を説くべし」と。この文は、いまだ説きおわらずとなせり。一篇中、終齟齬そごして全く文をなさず。かつまた法華経一部、終始みな仏を讃するの言にして、全く経説の実なし。もとより経と名づくべき者なし。法華伝記に云く、「法華、四本を伝ふ。みな増減あり。西方の経に何ぞ限らん」と。意ふに、竺土、別に全文あり。いまの伝うる所、乃ち残篇のみ。故に、天台大師もまた、これを解いて云く、「法門の網目、大小の観法、種種の規矩きく、みな論ぜざる所。法華前、かって委説いせつするをもっての故なり。、故に、法華に至って、ただ仏の知見に開示悟入し、授記作仏するのみ」と。可謂うべし、よく法華を読む者と。その実、これを失す。また案ずるに、無量義は、乃ち法華経の一名との、文句もんぐの説はこれを得たり。あるいは無量義経をもってこれに当つる者は、非なり。何をもってか、これを知る。無量義経は、これ法華氏の徒、華厳におくれて作る者。故にその説に云く、「はじめ四諦したいを説いて、声聞しょうもんを求むる人のためにす」と。なかごろ、処処において、演説甚深の十二因縁じゅうにいんねんを演説して、辟支仏びしゃくぶつを求むる人のためにす。つぎに方等十二部経ほうどうじゅうにぶきょうを説き、摩訶般若まかはんにゃ華厳海空けごんかいくう法華会入仏慧ほっけえにゅうぶつえ、菩薩の歴劫修行れきこうしゅぎょうを宣説す」と。これ、その実、法華氏が華厳に上して作れる者、この文見つべし。今本、みな法華会入の六字なき者は、後人はぶく所、もってその法華の序たるを信ずるも、その実、これならず。

毘奈耶びなやに説く、「世尊、四天王のために四聖諦を説く。さきに聖語をもってし、つぎに南印度辺国の俗語をもってし、つぎに蔑戻車べつれいしゃの語をもってす」と。これ仏の多能にしてよく諸国の語をなし、異聴の人、みなその益を得るを言ふのみ。また維摩のじゅに云ふ。仏、一音をもって法を演説す。衆生、随類に随ひておのおの解を得る。がごとき、および「乃ち真円音を起こして、一演、異類する」、これ仏の説法、実に一口に出で、衆生、機に随ひてみなその益を得るを言ふのみ。上は、その言語の異あるを言ひ、下は、その声音しょうおんことならざるを言ふ。その義、おのおの当たる所あり。しかるに、婆沙ばしゃはこれをして云云うんぬんし、後世の学者、もって大小を分かつ者は、非なり。

不浄観ふじょうかんのごとき、これ竺土の俗、しかり。この方にありては則ち人、がえんぜず。仏心無垢、如如として来る。何ぞ、かって不浄あらん。婆沙・正理しょうりにこれを言ふ者は、非なり。

天台の学者、涅槃に「従般より涅槃を出だす」と云ひ、また、法華を出だすと云はずして、法華の時、衆みな成仏すとなすべからざるにきんして、よりて前後番の五味を立て、法華ののち、さらに般若を説くと曰ふは、みな調停の説のみ。

法華経一部、ただ讃言のみ。しかして経説なく、声聞なく、縁覚なく、仏を合はせてこれなし。また、いわゆる蔵通別の名づくべき者なし。他経に至りては、則ち経説の見つべきあり。故に、かへりて蔵通別に属す。これ他経の不幸なり。金錍論こんべいろんに云ふがごとき、華厳の普賢ふげん普眼ふげん三無差別さんむしゃべつ、大集の染浄融通せんじょうゆうずう浄名 じょうみょう毛孔舎納もうくしゃのう、みなこれ円妙えんみょう、何ぞ、かって蔵通別にあらん。しかるに、いまだこれにまぬかれざる者は、これ、経説ありて、言、小乗に及ばん。法華は文をなさず。ただ、これ説後の讃、これ法華氏の幸なり。法師しょに云く、「般若のほか、別に法華あるにあらず。法華は般若の異名のみ」と。これくわしく見ることあり。しかるに、また非なり。般若は空言、法華は不空、これ、あに同じからんや。

字母、大品の羅字を、華厳は多に作る。また異部の名字、しかり。説者、訳の誤をもってする者は、非なり。

法華信解品しんげほんは、窮子ぐうじ誘化ゆうげするをもって、愚衆には、まず大を語るべからざるに譬ふ。これ、ただ法華を張りて、もって他を圧するの言。もって五時に譬ふるにあらず。天台の学者、その驚愕称怨きょうがくしょうおんをもって、これを華厳の如聾にょろう如唖にょあに合わす。しかるに、在初の父子、相失相見し。乃ち合ふ所なし。これ、何ぞや。およそ譬諭の道は、従容しょうようとしてこれをなして、もってその趣をなす。必ずしも、糊塗して一一合を取らずして、可なり。かつまた、もし従前の説法をもって、みな方便となさば、則ちさきに付窮子の珍宝庫蔵も、おもふに、また贋物がんぶつのみ。これをもってこれを解く者は、非なり。また二十年の譬へのごときも、まただ、その曠久こうきゅうあひ離るるを言ふのみ。合ふ所あるにあらず。しかるに、のちの説者は、他方遷就せんしゅうして、もってこれを合わす。笑ふべきのみ。

華厳出現品しゅつげんほんに云く、「一切の二乗は、この経は聞かず。何にかいはんや、受持するをや」と。法界品ほっかいほんに云く、舎利弗は楽説ぎょうせつせず。讃嘆することあたわず」と。また云く「聾のごとく、唖のごとし」と。これみな自家その宗を張るの言。後来、阿含を低説するの地をなせるにあらず。後世、合せてもってこれを説くは、非なり。

法華方便品ほうべんほんに云く、「ただ一乗の法ありて、二なく、また三なし」と。これ二、三を仮りて、もって一乗を張る。別に指す所あるにあらず。天台の学者、蔵通等をもってこれを解く者は、非なり。

法華に云く、「ただ菩薩のためにして、小乗のためにせず。ただ一乗道をもって、他の諸菩薩に教ふ。声聞の弟子なし。この諸仏子のために、この大乗経を説く。声聞もしくは菩薩は、みな成仏疑ひなし。なんぢら、行なふ所は、これ菩薩の道。漸漸修学ぜんぜんしゅうがくして、ことごとく成仏すべし」と。これその四十余年の所説、これ、ただ仮りてもって馴致じゅんちするの法、真実成仏の道にあらず。ただ今日所説の法は、乃ちこれ、もと菩薩を教ふるの法にして、二乗のためにこれを設けず。しかるに、二乗もまた、聞いてこれを修せば、乃ち進んで菩薩となって、同じく成仏に帰するを得るを言ふ。これ乃ち作者の厚意、しかり。天台の学者は則ち謂ふ、「諸声聞弟子、方等に弾訶だんかし、般若に濤汰とうたし、機縁ここに熟して、法華に成果じょうかす」と。故にこの数句において、合わざる者あり。よりて味味悟入みみごにゅう劣鈍至五味れつどんごみに至る等のを作りて、もってこれを合はすも、みな非なり。

法華譬喩品に云く、「われ、むかし仏に従ひて、如是の法を聞き、諸菩薩を見て、受記作仏す」と。涅槃長寿品に云く、「われ、はじめ正覚をなす。諸菩薩ありて、またかってこの義を問へり」と。また云く、「われ、さきに耆闍崛山ぎしゃくせんにありて、弥勒みろくとともに世諦せたいを論ず。舎利弗らの五百の声聞、かへって識知せず。何にかいはんや出世第一義諦をや」と。大論に云く、「得道の夜より、泥洹ないおんの夜に至るまで、常に般若を説く」と。これみな時を立つる者のきんする所。涅槃を説く者の云く、「華厳の七処八会しちしょはちえに霊山なし。この経文いまだわたらず」と。これまた時を信じてかく云ふ。また唐訳楞伽のごときは、一時の説にあらず。類に約して部となし、および提謂だいいは属する所なく、瑞応ずいおうは大小を定めざるも、またみなしかり。方等陀羅尼経ほうどうだらにきょうに、舎衛声聞記しゃえしょうもんきあり。天台の学者、方等のちに至るとおもひ、涅槃経に蓮華蔵世界海れんげぞうせかいかいあり、華厳、涅槃の後に至るとおもひ、迦留陀夷かるだいは記を法華に受け、涅槃に滅度す。酪教らくきょうのちに至るとおもふも、これみな、これがためにきんす。浄名じょうみょうに、また「この大乗において、すでに焦種しょうしゅのごときの文あり」と。また合わず。学者あるいは云く 、「方等説時なし」と。人心欺くべからざる者あること、かくのごとし。

浄名居士じょうみょうこじは、優婆うばさきがけ、よくその道を証し、また、別に一家を立て、同じくあい下らずして、趣を同じうする者。また、一家の傑なり。その妙喜より来ると云ひ<維摩>、金栗如来こんぞくにょらいと云ふ者、<思惟三昧経しゆいざんまいきょう発迹経ほつじゃくきょう>、みな、後時その道を宗とする者の言ふ所。大論もまた云く、「毘摩羅詰びまらきつ観世音かんぜおんをもって菩薩も上首となす」と。けだし菩薩のさきがけなり。また案ずるに、維摩経に云く、三たび法輪を大千に転ず」と。おもふに、この作は深密じんみつののちにあり。

獅子鎧ししがいは、成実論じょうじつろんを造る。もと制多せいたに属ず。のち轍を僧祇そうぎうつす。、大小兼学、その善者を択んで、これを録す。また一家言を立てる者なり。天台の学者、その三藏の語あるをもって斥して小乗となせる者は、これを失す。

楞伽りょうが頓漸とんぜんの語あり。随延ずいえんよりてもってその二教を立つ。しかるに、これもと地位によりて説くは、これを失せり。

賢首は、法華をもってその終教に属す。五教章ごきょうしょう中、法華を引きてもって終教を証する者、およそ二つ。見つべし。故に清涼しょうりょうはこれを受けて云く、「法華は漸の頓」と。実に、賢首の意なり。近世、鳳潭ほうたん師、以法華をもって華厳に合わせ、もって清涼を破する者は、これを失す。

天台、華厳をそしって曰く、「華厳は声聞作仏しょぷもんさぶつおよび寿量久成じゅりょうくじょうを説かず」と。華厳、法華を非って曰く、「華厳は頓の頓、法華は漸の頓。華厳に菩薩のしょうあり。余経所にはなき所」。天台の答えに曰く、「法華にもまた菩薩の請あり。華厳の答へに曰く、「世主妙厳品せしゅみょうごほんに、有成道已経不可思議劫あり」と。要するに、みなその幻説を争ふ者、これ何ぞ、道にあらんや。

漢明長楽かんめいちょうらく較試こうしに、火、独り道経を焼く者は、幻の勝れるなり。これ何ぞ、道にあらんや。また列子に云ふ化人かじんのごとき、これ幻士のみ。非仏を指すにはあらず。僧迦そうぎゃ口を極めてこれを言ふ。笑ふべし。

神通と幻とわづかの別あり。しかるに、また幻なり。付法蔵経ふほうぞうきょう云く、「夜奢やしゃ五指をもって光を放つ。馬鳴これを幻と疑ふ。およそ、幻の法は、これを知れば則ち減す。しかしてこの光は転々うたたさらに熾盛しじょうなり」と。けだし、仏は則ち、これを道に求めて、外道はこれを利養に求むればなり。しかも、そのもって、人を幻する所の者は、一なり。これ漢土の文をとうとぶもまた道学詞の別あるがごとし。維摩経に云く、「神通じんずう遊戯ゆげす」と。竺土の神通をもって遊戯となすは、また、漢に芸に遊ぶと云ふがごとし。

般若無作品はんにゃむさほんに云く、「諸天子言ふ、われら閻浮提えんぶだいにおいて、第二法輪転だいにほうりんてんを見る。無量百千天子、無生忍むしょうにんを得」と。大論、これを解きて曰く、「間ふ、はじめて法を説き、人をして得道せしむる、これを転法輪と名づく。いま、何をもって第二法輪転と言ふや。もし、仏説をもって名づけて転法輪者となさば、みなこれ法輪。何ぞ第二に限らんと。答ふ、初説法を定実一法輪じょうじついちほうりんと名づく。初転より、ないし法尽を、通し名づけて転となす。これ諸天、この会中えちゅう、多く人ありて、この利益りやくを見るを見る。故に第二転法輪と讃言す。初転法輪には、八万諸天は無生法忍むしょうほうにんを得、阿若憍陳如あなきょうじんにょ一人、初道を得、いま無量の諸天は無生法忍を得。この故に第二法輪と説く。いまの 転法輪は初転に似如じじょす」と。いま、案ずるに、問ふ者の意謂おもえらく、仏説はみな一、終始別なし。いま独り第二に限る者は、何ぞやと。答ふる者の意謂おもえらく、仏説はもとより今初の異なし。ただ第二の利益特に多し。故に讃出してしか云ふ。説法の異あるにあらず。これ乃ち論の原旨なり。しかるに、後世、時を立つる者、これを引きてもって、鹿苑は初転たり、般若は第二たるを証するは、甚だ本意を失す。かつまた、五時をもってこれに当つれば、華厳は乃ち初転のみと。また、これを失す。

諸菩薩のために、仏の記別を授くるは、これ大乗中の授記じゅき、近因近果は、これ小乗中の授記、授記もまた幻なり。しかしてまた、大乗これに上す。

三多は、乃ち三摩呬多さんまきたの省。古人、種々のこれを解く者は、みな、非なり。

五分律ごぶんりつに云く、「海に八の未曾有みぞうあり」と。十二分教に、また未曾有あり。いま奇妙と云ふ者のごとし。仏本行経ぶつほんぎょうきょうの六十四書に、阿菟浮多書あとふだしょあり。隋に未曾有と言ふは、けだしおまの曲筆きょくしつの類なり。

数息すうそく、十をもって度となせるごとき、出入ともに数ふるは、これ竺人の義、偏数のごときは、これ漢人の義。

涅槃名字品ねはんみょうじほんには、十住じゅうじゅう十信じゅうしんの後にあり。釈義品しゃくぎほんは則ち例のごとし。仁王にんのう/rt>教化品きょうげほんには、三地断見さんじだんけん受持品じゅじほん四地しじ断見、大論には、八万無生忍むしょうにん、あるいは法眼浄ほうげんじょうに作る。一経論中に、乖戻かいれいかくのごとし。いはんや異部をや。

もと三仏あり。華厳に十仏あり。もと六通あり。華厳に十通あり。もと、三明さんみょう八解脱はちげだつ四無畏しむい三世さんぜ四諦したい四弁しべん六度ろくどあり。華厳はみな十をもって数を立つ。奇なりと謂ふべし。また金七十論きんしちじゅうろんに、二十五諦にじゅうごたいを立つるがごとき、分明にこれ、仏の四諦に上す。多しといへどもまたなにをもってなさん。

大経に云ふ、「般涅は不と言ふ。槃は生と言ふ。不生の義を、大涅槃と名づく」と。これその本義、もともって死に名づけ、また成道に名づく。なほ荘子、登遐をもって成道に名づくるがごとし。事実あひ類せり。不生なる者は、その心清浄にして、一点の生ずるなきなり。また、阿羅漢の不生たるがごとき、また義を同じうする。しかるに当時の説者、生死をもってこれを解した。故に、また有余うよ無余むよ五般ごはつ等の目あり。その実みな、もとの真にあらず。また六種般ろくしゅはつのごとき、大経・婆沙ばしゃは、五種において現般げんはつを加ふ。俱舎くしゃは則ち無色般むしきはつをもってす。また一定の説なし。しかしてまた、菩薩有生ぼさつうしょうに嫌ひあり。故にまた、誓扶習生せいふじゅうしょう類生がんしょう等の説あり。その実、ここにおいて合はず。

大宝積経だいほうしゃくきょう密迹力士経みつしゃくりきしきょうには、「初成道七日、鹿苑ろくおんにおいて転法輪、三乗衆を広益す」と。弥沙塞律みしゃそくりつ普曜経ふようぎょうには、「第二七日、為提謂だいいがために説く」と。薩婆多律さっぱたりつ毘婆沙論びばしゃろん出曜経しゅつようぎょうには、第七七日、五人を度す」と。過去因果経かこいんがきょうには、「三七日、五人を度す」と。法華経はこれに同じ。薩婆多論さっぱたろんには、「六七日五人を度す」と。四分律はこれに同じ。大論には、五十七日、十二由経じゅうにゆきょうには二年と。これみな異部の名字みょうじ、何ぞ必ずしも和会わえせん。普曜経・光讃経こうさんぎょうおよび普賢菩薩証明功徳経ふげんぼさつしょうみょうくどくぎょうには十九出家、三十成道、宝蔵経には二十五出家、三十成道、十二由経・西域記さいいききには二十九出家、三十五成道、梵網経ぼんみょうきょうには七歳出家、空行三昧経くうぎょうざんまいきょうには、二十七得道と。これ、みなその異にへず。また何ぞ必ずしも和会せん。

仏生ぶっしょうを説きて、二月あるいは三月・四月と云ふ者のごとき、これ、三代正朔さんだいせいさくの異に出ず。いま推すべからず。その仏滅を説きて、三月あるいは九月と云う者のごとき、また十五日あるいは八日と云ふ者のごとき、則ち説のあるあり。按ずるに、四分律しぶんりつに云く、「髪は半月にひとたび剃る。極長両指ごくちょうりょうしなるは、もしくは二月一剃」と。二月は、白黒おのおの十五日あり。この間の三十日に当たるを二月となす。これ竺土の俗は十五日をもって一月となし、三十日を二月となし、十二か月一年を二十四か月となせるなり。もってこれを推すに、十五日乃三十日一月半、八日は乃ち十五日一月半ば、その、十五日あるいは八日と云ふは、けだし、ここに出づ。その、八日と云ふ者は、真なり。またもって、これを推すに、いま、六月をもって一年とすれば、則ち第七月、乃ち第二年の正月にして、その三月は、乃ち十二か月一年の九月。その三月あるいは九月と云ふ者、けだしここに出ず。しかるに、これいまだ、いづれかこれをつまみらかにせず。またもって、これを推すに、その迦文苦行かもんくぎょうを説きて、六年あるいは十二年と云ふ者、また、馬鳴めみょうの伝に、仏在世の後三百余年と云ひ、摩那経まやきょうに六百年といふ者、また竜樹ゆうじゅの伝に、七百年と云ひ、あるいは三百年と云ふ者のごとき、これ、またしかり。分明に、これ竺土は六月をもって一年となし、一年を二年となす。故に後来の伝訳に、この差異ある、あるのみ。その他、時分の説のごとき、不堪紛雑に堪へず。要するに、みな漠然たり。およそかくのごとき類は、みな無用の弁、必ずしも求索せずして可なり。

中含ちゅうごん福田経ふくでんきょうには、有学無学うがくむがくの目、家家けけの一種および下向得げこうとく、みなおのおの階級を異にす。婆沙・俱舎等、みなこれを混ず。また、諸部の異言、もとより怪しむに足らず。しかるに、これ同一小乗にして、その言しかり。学者、多くここに至りて、窮す。

八十の老比丘、生尽きて命尽く。これ、その真なり。その、金剛のてい無患むげんを云ひ<大論>、あるいは、如来の方便、涅槃ねはん示現じげんすと云ひ<涅槃>、あるいは阿僧祇劫あそうぎこう常に霊鷲山りょうじゅせんにありと云ひ<法華>、あるいは、仏寿七百阿僧祇劫と云ひ<楞伽>、あるいは釈迦は終始浄居天じょうごてんにありと云ふ者は、みな、異部幻変の説、しかり。

法華属累品ぞくるいほんに云く、「如来の余の深法じんぽう」と。天台は、して六方便ろくほうべんとなす。賢首げんじゅは、解して華厳別教となす。これ、おのおのそのその説に合わせて、しか云ふ。その実は、非なり。これ、作者自ら高うして泛爾はんじとしてこれを言ふも、指す所あるにあらず。また大論に云ふ、助仏道の初門および入仏法の初門のごとき、また、ただみづから高く深うして、しか云ふ。曼茶羅氏まんだらし、引きてもって、その初法明道に合わす者も、また非なり。

浄飯王泥洹経じょうぼんのうないおんぎょうに、「仏みづから棺をになはんと欲す。世界震動す」と。普曜経ふようぎょうに、「仏、身を虚空に踊らして、不受父王の作礼さらいを受けず、増一経ぞういちきょうに、養母大愛道ようもだいあいどう没す。仏みづからねだいの一脚を挙げ、阿難、一脚を挙ぐ」と。盂蘭盆経うらぼんぎょうに、「仏弟子、孝順きょうじゅんを修する者は、念念中、つねに父母ぶもないし七世の父母を憶ふべし」と。弥沙塞律みしゃそくりつに、「父母ゆるさざれば、出家を許さず」と。また、あるいは云く、「衣盂えうの資を減じて、もって父母を養ふ」と。あるいは云く、「世もし仏なくんば、善く父母につかへよ、善く父母に事ふる者は、即ちこれ仏に事ふ」と<大集>。あるいは云く、「左肩、父を担し、右肩、母を担し、あまねく大地に行くとも、また恩を報ずることあたはず」と<父母恩重経>。これ、迦文の教へも、所重全く孝にあるなり。しかるに、後世、黄檗大義渡おうばくだいぎとのことのごとき、実に狂子の顛倒。地獄の設けも、またこのともがらのためなり。大抵、漢土の仏法は、多く親に疏なり。これもと儒家のくじくに出づ。竺土にありては、則ちえてしからず。<黄檗大義渡のこと正宗賛しょうじゅさんに出づ>

四分律しぶんりつに云く、「仏、諸比丘をして、長幼あひついで礼拝らいはいせしむ。一切白衣びゃくえを礼拝すべからず」と。涅槃経もまた云く、「出家人は在家の人を礼敬せず」と。ここに在家と云ふ者は、泛乎はんことしてこれを言ふ。一切白衣も、またしかり。梵網経ぼんもうきょうは、則ち云く、「出家人の法、国王・父母・六親ろくしんを礼拝すべからず。また、鬼神きじんに敬事せず」と。これ、ますます巌刻、父母を拝せざるに至りて、極まる。しかるに、梵網にまた云く、「父母・師僧・三宝に孝順す」と。これ見つべし。梵網の刻といへども、また父母に孝順せざることあたはず。

阿弥陀仏土あみだぶつど、人人みな身光あり。常に明らかにしてくらからず。日月の光明を仮らずして、いづくんぞ昼夜を分かたん。しかるに、その経文にまた、昼夜・六時および清且しょうたん等の語あり。これ作者破漏はろうの処。仏土の衆鳥は、罪報の所生しょしょうを嫌ふ。故に下にこれを説いて云く、「これ仏変化へんげ所作しょさ」と。これ、作者の密なる処。

道生どうしょう法師、見法顕ほっけん所翻の泥洹経ないおんぎょうに、「除一闡提いちせんだいを除いて、みな仏性ありと云ふを見る。云く、「闡提は含生がんしょうの類、何ぞ独り仏性なきを得ん」と。のち、大経の至るに及んで、聖行品しょうぎょうほんに云く、「一闡提の人も、また善を断つといへども、なほ仏性あり」と。ここにおいて、諸師みなために媿服きふくす。余おもえらく、一闡提はもと仏性なき者。故に一闡提となせり。しかるに、極悪の者も、またあに廻心えしんすべからざるをえんや。廻心はおのれによる。人によるにあらず。仏性の種子は実にここにあり。何ぞ仏性なしと謂はん。これ、言の類において、転なり。また非情数ひじょうしゅ法性ほっしょうとなし、有情数うじょうしゅを仏性となす<大論に、いまこの文なし>。これその悉皆成仏しっかいじょうぶつただ草木を除く者、これそのもとなり。その心外無境しんげむきょう纎塵せんじんを隔てざる者は、これ、是斉仏を法に斉しうして、これを張るなり。これ、言の類において、張なり。

諸法あひ万すといへども、その要は善をなすに帰す。まことによくその法を守りて、おのおのの善をなすに篤くんば、則ち何ぞ彼此ひしえらばん。仏もまた可なり。儒もまた可なり。まことに善をつくるをなせる者は、乃ち一家なり。何にかいはんや、同じく仏を宗として、その派を異にする者をや。いたづらに、その派の異あるを争うて、善をなせることなき者は、われこれを知らず。文もまた可なり。げんもまた可なり。その志、誠に善をなすにあらば、則ち何ぞ不可ならん。いたづらに幻と文とに淫して、善をなすにあらざる者も、またわれこれを知らず。

出状後語 巻の下 終

参照資料 『日本思想大系 富永仲基・山片蟠桃』岩波書店 1973年8月発行

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公開日2026年6月6日